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作曲家一覧
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マティアス・ヴェックマン
1674年2月24日
ドイツ
バロック音楽初期から盛期にかけて活躍した、北ドイツの音楽家。ドレスデンでハインリヒ・シュッツ率いるザクセン宮廷楽団において、少年聖歌隊員として音楽教育を受け、さらにハンブルクの聖ペーター教会にて、名高いヤーコプ・プレトリウスにオルガンを師事。1637年に旧師シュッツに同行してデンマークを訪れた後、1638年から1642年までザクセン選帝侯の宮廷オルガニストを務め、(三十年戦争中の)1647年までにデンマークに復帰している。 1649年から1655年まで最後のドレスデン入りを果たし、ザクセン選帝侯が催した演奏対決でヨハン・ヤーコプ・フローベルガーと出逢う。二人は親友同士となり、終生にわたって互いに書簡を取り交わした。1655年に、ハンブルクの聖ヤーコプ教会専属オルガニストの称号を与えられ、余生を同地で過ごした。音楽団体コレギウム・ムジクムを創設するなど、ハンブルク時代が最も実り豊かな時期であった。オルガンのためのコラール変奏曲やコラール前奏曲のほか、イタリア音楽やフランス音楽に影響されたチェンバロのための小品を作曲。このほかに楽器のためのソナタに加えて、声楽のための宗教曲を遺している。
ウィリアム・リマー
1936年2月9日
イギリス
ランカシャーの作曲家、ブラスバンド音楽の指揮者で、行進曲で特によく知られていた。1862 年にサウスポートで音楽一家に生まれる。15 歳のとき、サウスポート ライフル バンドにサイドドラマーとして参加し、その後コルネット奏者に移り、最終的にはバンドの首席コルネット ソリストとなる。 その後彼はベセス・オ・ス・バーン・バンドのアレクサンダー・オーウェンの指導の下で国内最高のコルネット奏者の一人に成長した。 楽器の腕前はよく知られるようになり、当時最高のバンドの多くにソリストとして参加。 最終的には演奏をやめ、バンドのトレーニングと指揮に集中した。名声の絶頂期には、1905年から1909年にかけてクリスタル・パレスとベルビューの両方のコンクールで優勝したすべてのバンドを指揮した。
ポール・ジャンジャン
フランス
フランスの著名な作曲家。ギャルド・レピュブリケーヌ楽団とモンテカルロ・オペラの首席クラリネット奏者。 主にクラリネットの作曲で知られているが、ファゴットやコルネットなどの他の楽器のためにも作曲をおこなった。 彼は最も重要なクラリネット教師の一人、クリソゴン・シリル・ローズに師事。 クラリネットのための作品は、技術的要素の練習のための研究として知られている。
ジャン=バティスト・ルイエ
1680年11月18日 - 1730年7月19日
ベルギー
ジャン=バティスト・ルイエ(Jean-Baptiste Lœillet (de Londres), 1680年11月18日 - 1730年7月19日)は、現在のベルギー出身のイギリス・バロック音楽の作曲家。 ロンドンで管楽器奏者および鍵盤楽器奏者としても活躍した。 弟ジャック・ルイエならびに同名の従弟と同じく、スペイン領ネーデルラントのヘント出身。フルートやオーボエの演奏に長けていたことから、木管楽器のための室内楽を手がけ、とりわけフルートやリコーダーの作品で知られる。
ジェームス・ロード・ピアポント
1822年4月25日 - 1893年8月5日
アメリカ
ジェームズ・ロード・ピアポン(James Lord Pierpont、1822年4月25日 - 1893年8月5日)は、アメリカの作詞家、編曲家、オルガニスト、南軍兵士、作曲家で、1857年に「ジングル・ベル」を作詞・作曲したことで知られる(原題は「The One Horse Open Sleigh」)。 マサチューセッツ州ボストンで生まれ、フロリダ州ウィンターヘイブンで亡くなった。 ピアポンは今日では無名だが、彼の作曲した「ジングル・ベル」はクリスマス・ホリデーの代名詞となり、世界で最も演奏され、最も認知度の高い曲のひとつとなっている。
ネボイシャ・ヨハン・ジヴコヴィッチ
ドイツ
批評家からは、今日この分野で最もユニークで表現力豊かなマリンバとパーカッションのアーティストの一人として称賛されているネボイサ・ヨヴァン・ジヴコヴィッチは、過去30年間、卓越した作曲家として、また名手として、国際的なパーカッションシーンに大きな影響を与えてきました。
フィリップ・マヌリ
1952年6月19日
フランス
フランスの現代音楽の作曲家。ミシェル・フィリポ、マックス・ドイチュ、クロード・バリフに師事し、ラルース音楽事典には初期の作品から列挙されるなど「ブーレーズ以降最も注目される」若手として紹介された。
セリム・パルムグレン
1878年2月16日 - 1951年12月13日
フィンランド
フィンランドの作曲家・ピアニスト・指揮者・音楽教師。フェルッチョ・ブゾーニの薫陶を受け、1921年よりアメリカ合衆国のイーストマン音楽学校作曲科で教鞭を執る。作品のほとんどはピアノ曲と男声合唱曲であり、中でもピアノのための抒情的な小品は、スカンジナビアの民謡的要素が活用されている。
アーノルド・バックス
1883年11月8日 - 1953年10月3日
イギリス
イギリスの作曲家、詩人、著作家。多作家であり、歌曲、合唱曲、室内楽曲、ピアノ独奏曲などに作品を残したが、最も知られるのは管弦楽曲である。一連の交響詩に加えて7曲の交響曲を書いており、一時はイギリスを代表する交響曲作家であると広く認められていた。
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