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作曲家一覧

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アール・ワイルド

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1915年11月26日 - 2010年1月23日

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アメリカ

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19世紀のヴィルトゥオーゾの伝統を引き継いだことを自負しており、正統的なレパートリーよりは、専らトランスクリプションや編曲を好んで演奏している。ジャズやガーシュウィンの演奏でも有名。 ペンシルベニア州ピッツバーグ出身。神童としてエゴン・ペトリほかに師事した。10代で作曲を始め、ロマン派音楽のトランスクリプションも手がける。1942年にトスカニーニに招かれ、ガーシュウィンの《ラプソディー・イン・ブルー》によってオーケストラと初共演を行い、大々的な成功を収め、名声を確かなものにした。第二次世界大戦中は海軍に仕官し、退役後は新設されたABCに、局内ピアニスト・指揮者・作曲家として1968年まで活動した。 アメリカ合衆国ピアノ界の最長老にもかかわらず、年齢を感じさせない正確なメカニックにより、演奏活動や録音のかたわら、世界各地でマスタークラスを主宰しており、とりわけ北京、ソウル、東京での活動が知られていた。2004年9月に倒れたが、手術を受け、自宅療養を続けた後、2005年11月29日にカーネギー・ホールで生誕90周年祝賀コンサートを開催した。

ジョゼフ=ニコラ=パンクラス・ロワイエ

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1755年1月11日

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フランス

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ジョゼフ=ニコラ=パンクラス・ロワイエ(Joseph-Nicolas-Pancrace Royer, 1705年頃 - 1755年1月11日)はフランスのバロック音楽の作曲家、クラヴサン奏者。 サヴォイア公国(現在のイタリア・ピエモンテ州)のトリノに生まれ、1725年にパリへ移住。1734年にmaître de musique des enfants de Franceすなわちルイ15世の子供たちの音楽教師に任命される。1748年から、ヴァイオリニストのジャン=ジョゼフ・ド・モンドンヴィルと共に、コンセール・スピリチュエルを指導。1730年代と1750年代を通じて、パリ・オペラにて6作のオペラを作曲。その中では、バレエ《グレナダの女王ザイード Héroïque Zaïde, reine de Grenade》が最も有名である。1753年、栄誉ある王室音楽監督を拝命。同年、王立歌劇場管弦楽団の監督に任命された。パリで死去。

伊藤美由紀

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日本

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愛知県立芸術大学、マンハッタン音楽院修士課程(NY)、コロンビア大学博士課程(NY)修了。芸術音楽博士(DMA)。コロンビア大学では、トリスタン・ミュライユ氏に師事。文化庁芸術家在外研修員として、IRCAM(フランス国立音響研究所)にて研鑽を積む。神奈川県合唱曲作曲コンクール、アボット室内楽作曲コンクール(ボストン)、Boris & Edna Rapoport賞(NY)、名古屋文化振興賞、日本交響楽振興財団作曲賞入選など、受賞。

鄧雨賢

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1906年7月21日 - 1944年6月11日

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台湾

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鄧 雨賢(とう うけん、Teng Yu-hsien、1906年7月21日 - 1944年6月11日)は、日本統治時代の台湾の作曲家。唐崎夜雨のペンネームでも活動し、後に東田暁雨という日本名に改名した。 桃園県龍潭郷出身。広東省嘉応州鎮平県(現在の梅州市蕉嶺県)から移住した客家人の子孫。父の鄧盛猶が台湾総督府から台北師範学校(現在の国立台北教育大学)の漢文教師に招かれたため、3歳で父に従って台北に移住。1914年、艋舺公学校に入学した。1921年、15歳の時に台北師範学校に入学し、オルガンやマンドリンなどの西洋楽器に接した。1925年に卒業後に、大稲埕の日新公学校に勤務するが、24歳の時に日本に渡って作曲を学んだ。 作品のうち、『雨夜花』『望春風』『月夜愁』『四季紅』の4作品が特に有名で、4曲合わせて「四月望雨」と呼ばれる。

マティアス・ヴェックマン

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1674年2月24日

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ドイツ

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バロック音楽初期から盛期にかけて活躍した、北ドイツの音楽家。ドレスデンでハインリヒ・シュッツ率いるザクセン宮廷楽団において、少年聖歌隊員として音楽教育を受け、さらにハンブルクの聖ペーター教会にて、名高いヤーコプ・プレトリウスにオルガンを師事。1637年に旧師シュッツに同行してデンマークを訪れた後、1638年から1642年までザクセン選帝侯の宮廷オルガニストを務め、(三十年戦争中の)1647年までにデンマークに復帰している。 1649年から1655年まで最後のドレスデン入りを果たし、ザクセン選帝侯が催した演奏対決でヨハン・ヤーコプ・フローベルガーと出逢う。二人は親友同士となり、終生にわたって互いに書簡を取り交わした。1655年に、ハンブルクの聖ヤーコプ教会専属オルガニストの称号を与えられ、余生を同地で過ごした。音楽団体コレギウム・ムジクムを創設するなど、ハンブルク時代が最も実り豊かな時期であった。オルガンのためのコラール変奏曲やコラール前奏曲のほか、イタリア音楽やフランス音楽に影響されたチェンバロのための小品を作曲。このほかに楽器のためのソナタに加えて、声楽のための宗教曲を遺している。

ウィリアム・リマー

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1936年2月9日

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イギリス

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ランカシャーの作曲家、ブラスバンド音楽の指揮者で、行進曲で特によく知られていた。1862 年にサウスポートで音楽一家に生まれる。15 歳のとき、サウスポート ライフル バンドにサイドドラマーとして参加し、その後コルネット奏者に移り、最終的にはバンドの首席コルネット ソリストとなる。 その後彼はベセス・オ・ス・バーン・バンドのアレクサンダー・オーウェンの指導の下で国内最高のコルネット奏者の一人に成長した。 楽器の腕前はよく知られるようになり、当時最高のバンドの多くにソリストとして参加。 最終的には演奏をやめ、バンドのトレーニングと指揮に集中した。名声の絶頂期には、1905年から1909年にかけてクリスタル・パレスとベルビューの両方のコンクールで優勝したすべてのバンドを指揮した。

ポール・ジャンジャン

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フランス

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フランスの著名な作曲家。ギャルド・レピュブリケーヌ楽団とモンテカルロ・オペラの首席クラリネット奏者。 主にクラリネットの作曲で知られているが、ファゴットやコルネットなどの他の楽器のためにも作曲をおこなった。 彼は最も重要なクラリネット教師の一人、クリソゴン・シリル・ローズに師事。 クラリネットのための作品は、技術的要素の練習のための研究として知られている。

ネボイシャ・ヨハン・ジヴコヴィッチ

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ドイツ

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批評家からは、今日この分野で最もユニークで表現力豊かなマリンバとパーカッションのアーティストの一人として称賛されているネボイサ・ヨヴァン・ジヴコヴィッチは、過去30年間、卓越した作曲家として、また名手として、国際的なパーカッションシーンに大きな影響を与えてきました。

フィリップ・マヌリ

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1952年6月19日

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フランス

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フランスの現代音楽の作曲家。ミシェル・フィリポ、マックス・ドイチュ、クロード・バリフに師事し、ラルース音楽事典には初期の作品から列挙されるなど「ブーレーズ以降最も注目される」若手として紹介された。

セリム・パルムグレン

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1878年2月16日 - 1951年12月13日

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フィンランド

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フィンランドの作曲家・ピアニスト・指揮者・音楽教師。フェルッチョ・ブゾーニの薫陶を受け、1921年よりアメリカ合衆国のイーストマン音楽学校作曲科で教鞭を執る。作品のほとんどはピアノ曲と男声合唱曲であり、中でもピアノのための抒情的な小品は、スカンジナビアの民謡的要素が活用されている。