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作曲家一覧
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アンリ・デュパルク
1848年1月21日 - 1933年2月12日
フランス
アンリ・デュパルク(ウジェーヌ・マリー・アンリ・フーケ・デュパルク、1848年1月21日パリ - 1933年2月12日モン=ド=マルサン)は、フランス後期ロマン派の作曲家。大部分の作品を自ら破棄したため、歌曲を中心にごく少数の作品しか残されていないが、「旅へのいざない」などの残された作品のいくつかはフランス歌曲を代表する歌曲とみなされている。パリに生まれ、ヴォージラール(Vaugirard)地区にあったイエズス会のコレージュにてセザール・フランクにピアノと作曲を師事する。デュパルクはフランクの最初の作曲の弟子の一人にあたる。
三木稔
1930年3月16日 - 2011年12月8日
日本
三木 稔(みき みのる、1930年3月16日 - 2011年12月8日)は、日本の作曲家。ベートーヴェンに憧れて第9を尊び、その数の連作を企画してきたオペラ作曲家としての三木は、まだ日本人が外国から委嘱されオペラを書くことがほとんどなかった頃にイギリスから委嘱を受けるなど、日本人としては異例の世界的活躍を行っている。
八橋検校
1685年7月13日
日本
八橋検校(やつはし けんぎょう、慶長19年(1614年) - 貞享2年6月12日(1685年7月13日))は、近世中期の日本で生きた人物である。江戸時代前期の音楽家であり、検校を務めた。出身は諸説あるが、山田松黒が安永8年(1779年)に記した『箏曲大意抄(そうきょくすすたいいしょう)』より陸奥国磐城(明治期の磐城国、現・福島県いわき市)が定説とされている。他に摂津国(現・大阪府北中部、ほか)とする説もある。名は磐城説で城談(じょうだん)、摂津説で城秀(じょうしゅう)。
エドゥアルド・ディ・カプア
1865年3月12日 - 1917年10月3日
イタリア
エドゥアルド・ディ・カプア(伊語:Eduardo Di Capua、1865年3月12日 - 1917年10月3日)は、イタリアの作曲家。歌手。ナポリ出身。ナポリ音楽院で音楽を学び、1883年から作曲を始めた。ナポリ周辺の小劇場やレストランで歌いながらカンツォーネの作曲活動を続けていた。またナポリのコンテスト、タヴォラ・ロトンダで第2位となった「オー・ソレ・ミオ」(O sole mio)は当時から大ヒットし、今も歌い継がれている。 1917年、ナポリで没する。
加古隆
1947年1月31日
日本
日本の作曲家、ピアニスト。大阪府豊中市出身。東京藝術大学作曲科卒業、同大学大学院修了。パリ国立高等音楽院卒業。息子は俳優・声優の加古臨王。神奈川県湯河原町と長野県軽井沢町の2カ所にアトリエを構える。作曲においては、ジャズ・クラシック・現代音楽の要素を融合させた独自の作曲形式を確立しており、ピアニストとしては、自身の作品の演奏を中心に活動している。また、映像作品とのコラボレーションによる音楽も数多く手掛け、映像音楽の作曲家としても活動の幅を広げている。自身の作品によるコンサートは世界各国に及び、オリジナルアルバムは50作品を超える。ピアノから紡ぎ出される透明な音の響きから、「ピアノの詩人」あるいは「ピアノの画家」と称される。1980年代からかぶり始めた帽子がトレードマークとなっており、ステージでも必ず身につけている。コンサートでの演奏は全て暗譜で行う。
アレッサンドロ・マルチェッロ
1669年8月24日 - 1747年6月19日
イタリア
アレッサンドロ・イニャツィオ・マルチェッロ(またはマルチェルロとも、Alessandro Ignazio Marcello, 1669年8月24日 - 1747年6月19日)は、数学者・哲学者・音楽家として、多分野にわたって活躍したイタリア人貴族。バロック・コンチェルトの作曲家として有名。 今日ではその作品はめったに演奏されなくなっているが、生前のアレッサンドロは卓越した作曲家として、また楽器蒐集家としても著名であり、代表作のひとつ《オーボエ協奏曲ニ短調》は、バッハによってチェンバロ曲(BWV974)に編曲された。
尾高惇忠
1944年3月10日 - 2021年2月16日
日本
東京都生まれ。東京芸術大学音楽学部作曲科にて、作曲を矢代秋雄、池内友次郎、三善晃、ピアノを安川加壽子に師事する。 1966年3月同校を卒業後、9月にフランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院へ入学し、モーリス・デュリュフレ、マルセル・ビッチュ、アンリ・デュティユーに師事し、1970年に同校を卒業する。 帰国後も室内楽や歌曲伴奏等においてピアニストとして活躍する。 2011年3月31日に退任するまで東京芸術大学音楽学部作曲科教授を務めた。 フランス音楽のアカデミズムの伝統を学び、矢代秋雄の業績を受け継ぎ、東京芸術大学音楽学部作曲科における教育の要となった。 2021年2月16日午前3時58分、大腸がんのため、東京都内の病院で死去。76歳没。叙従四位、瑞宝小綬章追贈。
アレクサンドル・ローゼンブラート
1956年7月31日
ロシア
アレクサンドル・ローゼンブラット(ロシア語:АлександрРозенблат、1956年7月31日モスクワ生まれ)はロシアの作曲家で、1975年から1982年までモスクワ音楽院でパベル・メスナーとカレン・スレノヴィチ・ハチャトゥリアンからピアノと作曲を学んた。 1983年から1990年まで、モスクワのグネーシン音楽大学でレッスンを行い、以来フリーランスの作曲家およびピアニストとして活動している。 ローゼンブラットは、ピアノやチェロ・室内オーケストラ・交響楽団のための音楽を作曲し、その楽曲はクラシック音楽からクロスオーバーやジャズまで多岐に及ぶ。
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