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作曲家一覧
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ロベール・プラネル
1908年1月2日 - 1994年5月25日
フランス
フランスの作曲家。モンテリマール出身。父親のアルフォンス・プラネル(1869年-1947年)は作曲家でモンテリマール音楽院の創設者であった。1914年から1918年までパリ国立オペラで最初のヴァイオリンのレッスンを受けた。1922年から1933年までパリ国立高等音楽・舞踊学校でヴァイオリンのほか、和声をジャン・ギャロンに、対位法をジョルジュ・コサードに、作曲をアンリ・ビュッセルとポール・ヴィダルについて学んだ。1933年にローマ賞を受賞し、1934年から1936年までイタリアに留学した。1945年からパリ市の音楽教育の総括監察官として活躍し、パリ地方音楽院を創設した。
エトムント・アンゲラー
1740年5月24日 - 1794年8月7日
オーストリア
エトムント・アンゲラーは、有名な『おもちゃの交響曲』を作曲した音楽家として知られるオーストリアの神父。日本語ではエドムント・アンゲラーとも表記される。エトムント・アンゲラーは1740年、オーストリア大公国のチロル地方の田舎町ザンクト・ヨハン(St. Johann)に生まれる。父は小学校の教師で地元の合唱団の指導者でもあったシュテファン・アンゲラー。父から音楽の手ほどきを受け、さらにインスブルック郊外の町ハルの児童合唱団に入る。
ヘルマン・アンブロジウス
1897年7月25日 - 1983年10月25日
ドイツ
ヘルマン・アンブロジウス(Hermann Ambrosius, 1897年7月25日 - 1983年10月25日)は、ドイツの作曲家。ハンブルク出身。マクデブルク、ベルリン、ケムニッツ、ライプツィヒで音楽教育を受け、ベルリン音楽大学(現在のベルリン芸術大学)でハンス・プフィッツナーに師事。1925年から1942年までライプツィヒ放送局のエンジニアと音楽部門の責任者を務め、そのかたわら1926年からライプツィヒ音楽院で教職に就いた。第二次世界大戦後はフリーランスの音楽家として活動し、主にマンドリン音楽の分野で評価された。
バルバラ・ストロッツィ
1619年8月6日 - 1677年11月11日
イタリア
バルバラ・ストロッツィ(Barbara Strozzi, 1619年8月6日受洗 ヴェネツィア - 1677年11月11日 パドヴァ)はイタリア初期バロック音楽の作曲家・声楽家。台本作家ジュリオ・ストロッツィの養子であったが、おそらくその私生児であった可能性が高い。父ジュリオの音楽討論サークルに歌手や会員として参加し、またフランチェスコ・カヴァッリに作曲を師事。父親の死後に作曲と作品の出版を精力的に続け、出版譜の献辞から、神聖ローマ帝国皇帝フェルディナント2世や、リューネブルク公国后妃ゾフィーが初期のパトロンであったと察せられる。
高橋伸哉
日本
高橋 伸哉(たかはし しんや、1962年 - )は、宮城県仙台市生まれの、日本の作曲家。 現在、作曲活動と並行して、全国各地の学校・一般団体への演奏指導、各種コンクール審査員、各種演奏会での客演指揮などを精力的に行なっている。
新垣隆
1970年9月1日
日本
新垣 隆(にいがき たかし、1970年〈昭和45年〉9月1日 - )は、日本の作曲家、ピアニスト。学位は学士(音楽)(桐朋学園大学)。桐朋学園大学音楽学部講師、桐朋学園大学院大学音楽研究科特任教授、大阪音楽大学短期大学部客員教授、株式会社カンパニーイースト所属。2018年からバンド・ジェニーハイのメンバーとしても活動している。
森山至貴
日本
森山 至貴(もりやま のりたか、1982年 - )は、日本の社会学者、作曲家、ピアニスト、早稲田大学准教授。合唱曲の作曲家、ピアニストとしても活動している。2002年、無伴奏混声合唱のための「青空について」で第13回朝日作曲賞佳作。
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