作曲家検索
作曲家一覧
711-720件 / 3045件中
山下康介
日本
作曲家・編曲家。 1974年、静岡県生まれ。東京音楽大学作曲専攻(映画・放送音楽コース)卒業。 これまでに映画「転校生~さよならあなた~」「この空の花」などで知られる大林宣彦監督作品に多く携わるほか、NHK 連続テレビ小説「瞳」やドラマ「花より男子」「クロサギ」、アニメ「ちはやふる」、スーパー戦隊シリーズ「暴太郎戦隊ドンブラザーズ」、「仮面ライダーセイバー」、歴史シミュレーションゲーム「信長の野望」シリーズなどの音楽がある。
モーリス・ジャール
1924年9月13日 - 2009年3月29日
フランス
フランス・リヨン出身の作曲家。デヴィッド・リーン監督の映画『アラビアのロレンス』『ドクトル・ジバゴ』『インドへの道』をはじめ、数多くの映画音楽を作曲した。アカデミー賞には9回ノミネートされ、3回受賞している。初期のジャールの映画音楽は、映画作家ジョルジュ・フランジュとのコラボレーションで知られる。後にピーター・ウィアーの作品にほとんど携わった。息子のジャン・ミッシェル・ジャールはシンセサイザー奏者である。2005年のヨーロッパ映画賞で、音楽家として初となる世界的貢献賞を授与された。
ディエゴ・オルティス
スペイン
ディエゴ・オルティスは、スペイン・ルネサンス音楽の作曲家・音楽理論家。当時スペイン領だったイタリア南部で活躍した。 生涯についてはごくわずかな情報しか残されていない。1553年にはナポリ副王領に住み、その後1558年にアルバ公フェルナンド・アルバレス・デ・トレドによってナポリ宮廷の聖歌隊長に任命されている。
メル・トーメ
1925年9月13日 - 1999年6月5日
アメリカ
アメリカのジャズ歌手。ジャズ作曲家、編曲家、ドラマーのほか、俳優としてラジオ、映画、テレビでも活躍した。愛称は「ベルベットの霧」。
ギヨーム・デュファイ
1397年8月5日 - 1474年11月27日
オランダ
ヨーム・デュファイ(またはデュフェ[1]、Guillaume du Fay、1397年8月5日 - 1474年11月27日)はルネサンス期のブルゴーニュ楽派の音楽家である。「ギヨーム・デュ・ファイ」(またはデュ・フェ、Guillaume Du Fay、Du Fayt) とも表記される。音楽の形式および精神の点で、中世西洋音楽からルネサンス音楽への転換を行なった音楽史上の巨匠である。
アントニオ・パスクッリ
1842年10月13日 - 1924年2月23日
イタリア
アントニオ・パスクッリ(Antonio Pasculli、1842年10月13日 - 1924年2月23日)は、「オーボエ界のパガニーニ」として知られるイタリアのオーボエ奏者、作曲家。
ロディオン・シチェドリン
1932年12月16日
ロシア
ロディオン・コンスタンティノヴィチ・シチェドリン[1](ロシア語: Родио́н Константи́нович Щедри́н、ラテン文字転写の例: Rodion Konstantinovich Shchedrin, 1932年12月16日 - )は、ロシア人の作曲家。旧ソ連の指導的な作曲家の一人であり、1973年からソ連作曲家同盟の議長を務めた。 作曲家としての目立った活動に加えて、ピアノやオルガンのヴィルトゥオーゾとしても活動しており、自作の6つのピアノ協奏曲のうち半数は手ずから人前で初演した。 初期作品が調性的で、色彩的な管弦楽法を採り、しばしば民族音楽の要素を断片的に取り入れているのに対して、後期の作品は、音列技法や偶然性の音楽を取り入れている。 西側では、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチらの活動を通じてシチェドリンの作品が知られるようになった。
ジム・アンディ・コーディル
アメリカ
1932年、ケンタッキー州アシュランドに生まれたコーディル氏は、5歳のときに父親からトランペットを教わり、音楽家としてのキャリアをスタートさせた。1950年には全米チャンピオンのソリストとして全米をツアーした。モアヘッド州立大学(ケンタッキー州)で学士号、マーシャル大学(ウィスコンシン州)で修士号を取得するかたわら、コンサート・バンド、ジャズ・バンド、マーチング・バンドのために作曲と編曲を始める。教育者としてのコーディルは、1968年にパイクヴィル・カレッジ(KY)に赴任するまで公立学校で教えていた。パイクヴィル・カレッジでは、トランペット、音楽理論、オーケストレーション、教授法を教え、ウィンド・アンサンブルを指揮し、1997年に退職した。
ジョン・アイアランド
1879年8月13日 - 1962年6月12日
イギリス
ジョン・ニコルソン・アイアランド(John Nicholson Ireland, 1879年8月13日 – 1962年6月12日)は、イギリスの作曲家。スコットランド系。 アイアランドは、スタンフォードからドイツ音楽の古典、とりわけベートーヴェンやブラームスの作品について薫陶を受けたが、青年時代にドビュッシーやラヴェルの作風のほか、ストラヴィンスキーやバルトークの初期作品からさえ影響を受けた。これらの影響を通じて、独自の「イギリス印象主義音楽」を繰り広げたため、その頃イギリスで優勢を誇った民謡に依拠する様式よりも、フランス印象主義音楽やロシア象徴主義音楽に近似した、繊細・瀟洒な作風を示している。 他の印象主義の作曲家のように、アイアランドも自由な形式による性格的小品を好み、唯一のピアノ協奏曲を除けば、交響曲やオペラのような大作は手懸けなかった。いくつかの室内楽曲や、かなりの数のピアノ曲がある。とりわけピアノ曲「聖なる少年」(The Holy Boy )は、さまざまな編曲版を通じて最も有名なアイアランド作品となっている。
ルイジ・ケルビーニ
1760年9月14日 - 1842年3月15日
イタリア
ルイージ・ケルビーニ(Luigi Cherubini, 1760年9月14日フィレンツェ - 1842年3月15日パリ)は、イタリア出身のフランスの作曲家・音楽教師。 本名はマリア・ルイージ・カルロ・ゼノービオ・サルヴァトーレ・ケルビーニ(Maria Luigi Carlo Zenobio Salvatore Cherubini)。 最初の大きな成功は、ポーランドを舞台にしたオペラ『ロドイスカ』(Lodoïska, 1791年)で、この作品は真に迫ったヒロイズムが称賛された。 1820年代にロッシーニの、華々しい声楽の技巧を凝らした輝かしく熱っぽいオペラがパリに上陸すると、古典的な厳粛さをそなえたケルビーニのオペラは、グルックやスポンティーニらの作品と同様に、時代遅れになった。
PRおすすめのコンサート
スペシャルコンサート
本場イタリアのオペラ歌手のコンサート 生の歌声が綾瀬に響く 18歳以下無料の青少年育成取り組み
ラジオが育んだクラシック音楽の世界
クラシック音楽はラジオ放送局で発展した!