作曲家検索
作曲家一覧
771-780件 / 1157件中
ゴードン・ラングフォード
1930年5月11日 - 2017年4月18日
イングランド
ゴードン・ラングフォード(Gordon Langford, 1930年5月11日 - 2017年4月18日)は、イングランドの作曲家、編曲家、演奏家。英国式ブラスバンドのための作品や編曲でよく知られている。また合唱や管弦楽、劇場音楽や映画音楽の分野でも活動した。「ゴードン・ラングフォード」は筆名であり、本名はゴードン・マリス・コールマン(Gordon Maris Colman)。
ボリス・アニシモフ
1907年7月27日 - 1997年11月9日
ロシア
ボリス・イワーノヴィチ・アニシモフ(1907年7月27日、グリゴロヴォ-1997年11月9日、サンクトペテルブルク)は、ロシアおよびソビエトのトロンボーン奏者、指揮者、作曲家、音楽教師であり、キーロフ・レニングラード・オペラ・バレエ劇場の芸術家兼指揮者、レニングラード音楽院准教授、N.K.クルプスカヤ・レニングラード文化研究所教授、ロシア連邦人民芸術家。
エミール・フォン・レズニチェク
1860年5月4日 - 1945年8月2日
オーストリア
エーミール・ニコラウス・ヨーゼフ・フォン・レズニチェクは、オーストリアの後期ロマン派音楽の作曲家。チェコ系貴族の末裔としてオーストリア帝国に生まれた。
サリー・ビーミッシュ
1956年8月26日
イギリス
サリー・ビーミッシュは、イギリス・イングランド・ロンドン出身の作曲家、ヴィオラ奏者。 ビーミッシュは王立ノーザン音楽大学でアンソニー・ギルバートとレノックス・バークリーにヴィオラを学び、後にドイツでイタリアのヴィオラ奏者ブルーノ・ジュランナに学んだ。 1993年9月、ビーミッシュは作曲での顕著な功績によりポール・ハムリン基金の賞を受賞した。1994年と1995年には、サー・ピーター・マクスウェル・デイヴィスと共にスコットランド室内管弦楽団(SCO)の作曲家コースのホストとなった。 1998年から2002年にかけて、ビーミッシュはスウェーデン室内管弦楽団とSCOのレジデンス作曲家を務め、4曲の主要な作品を書いた。 ビーミッシュは、2001年のBBCプロムスのために作曲しれ、BBC交響楽団および合唱団とサー・アンドルー・デイヴィスによって初演されたオラトリオ“The Knotgrass Elegy”によって、スコットランド・アート・カウンシルよりクリエイティブ・スコットランド賞を受賞した。
服部克久
1936年11月1日 - 2020年6月11日
日本
1936年、作曲家・服部良一の長男として生まれる。幼少より音楽の英才教育を受け、成蹊中学校・高等学校を経てパリ国立高等音楽院へ留学。和声、フーガ、対位法を学んだ後、1958年卒業。帰国後すぐに戦後の復興後のテレビ放送の草創期より活動を始める。 日本テレビ『サンデーダーク』、『ハニータイム』、フジテレビ『ミュージックフェア』などを皮切りに、テレビ、ラジオ番組、ドラマ、アニメ、映画の音楽を数多く担当。1971年には、「花のメルヘン」で第13回日本レコード大賞編曲賞を受賞。
オルガ・ノイヴィルト
1968年8月4日
オーストリア
コネッソンは、1989年から6年間、ブローニュ ビヤンクール国立音楽院でピアノ、音楽理論、音楽史、合唱指揮を修め、マルセル・ランドスキに作曲を学んだ。パリ国立音楽院ではドミニク・ルイに管弦楽指揮を、またアラン・ルヴィエに管弦楽法を学んだ。 2001年から2003年まで、ロワール国立デ・ペイ・ドゥ・ラ・ロワール管弦楽団のレジデント(専属作曲家)として、合唱付き交響曲「Liturgies de lombre」と交響詩「Lappel au feu」を作曲した。その後、ロイヤル スコティッシュ 管弦楽団、ペイ・ド・ベアルン・ポー管弦楽団のレジデントを経て、2016年から2018年まではオランダ・フィルハーモニー管弦楽団および国立リヨン管弦楽団のレジデントを、2019年から2021年までは国立イル・ド・フランス管弦楽団のレジデントを務めた。1997年からオーベルヴィリエ・ラ・クルヌーヴ音楽院で管弦楽法の教授を務めている。
ニコラウス・A・フーバー
1939年12月15日
ドイツ
フーバーはパッサウで生まれました。 1958年から1962 年までミュンヘン音楽大学で音楽教育を学び、その後フランツ・クサーバー・レーナーとギュンター・ビアラスに作曲を学びました。 彼はヨーゼフ・アントン・リードル、カールハインツ・シュトックハウゼン、そしてとりわけルイジ・ノノのもとでさらに教育を続けました。 1974年から2003年に退職するまで、フーバーはエッセンのフォルクヴァンク大学で作曲の教授を務めました。 リードルとシュネーベルは、フーバーの音声と言語の実験にインスピレーションを与えました。リードルは特にフーバーの急進的な傾向を奨励した。 彼の音楽素材の扱いはシュトックハウゼンとの接触によって最も強く形成されたが、ノノは彼に鋭い歴史的および政治的(マルクス主義)意識を与え、特に 1969年頃から始まる第2作曲段階で顕著であった。
ルー・ハリソン
1917年5月14日 - 2003年2月2日
アメリカ
アメリカの現代音楽の作曲家。オレゴン州ポートランド出身。 世界中の民俗音楽を参照して出来上がる、一種のワールドミュージックに近い性質を持った作曲活動を行った。十二音技法で作曲したチェロとハープの為の組曲も佳品ではあるが、後にこの技法への敵意は凄まじいものとなった。『太平洋のロンド』ではフィナーレに十二音技法を配し、この技法が世界の調和を破るものとして用いられる。ジョン・ケージとも共同作曲をするほど仲が良かったものの、ハリソンの楽天的な性格がケージの厭世的な性格と合わなくなり、最終的には決裂する。 ハリソンが晩年まで情熱を傾けた物が音律である。世界の様々な音律に詳しかった彼は、世界の楽器を調律しなおす創作へ徐々に傾斜してゆく。最も有名なのはジャワ・ガムランだが、韓国の伝統楽器も調律しなおして作曲しており、芸風の幅は広い。舞台上のアップライトピアノを、自ら調律バーを持って聴衆の前で様々に違った調律の音階を聞かせるなど、聴衆の耳の覚醒すらも狙っていた。
井上武士
1894年8月6日 - 1974年11月8日
日本
井上 武士(いのうえ たけし、1894年(明治27年)8月6日 - 1974年(昭和49年)11月8日)は、日本の作曲家。東京音楽大学教授。群馬県勢多郡芳賀村(現在の前橋市)出身。代表作は「チューリップ」「海」。作曲数は約500曲[1]とも200曲以上[2]ともされ、日本音楽史上に残る数々の唱歌・童謡の作品を遺した。上記2曲は日本の歌百選に選ばれている。
木下正道
日本
木下 正道(きのした まさみち、1969年 - )は、福井県大野市生まれの作曲家、ミュージシャン。 中学、高校時代はハードロックやヘヴィメタルバンドで活動。作曲は独学で学ぶ。東京学芸大学で音楽を学ぶ傍ら、フリージャズやアメリカ実験音楽を範とする集団即興も試みる。その後、お笑いバンドへ転向するなど、独自の多彩な活動を展開。
PRおすすめのコンサート
山脇美葉 ピアノリサイタル
2025/03/29
19:00
ドビュッシーの『月の光』『亜麻色の髪の乙女』など、幅広いクラシック曲を演奏します。ぜひお越しください。
Lutherヒロシ市村 第14回リサイタル 『美しき水車小屋の娘』
2025/03/22
17:00
シューベルト『美しき水車小屋の娘』(全曲)
第21回アイメイトチャリティーコンサート
2025/05/18
13:30
アイメイトチャリティーコンサート