作曲家検索
作曲家一覧
791-800件 / 2208件中
アントニオ・デ・カベソン
1510年3月30日 - 1566年3月26日
スペイン
アントニオ・デ・カベソン(1510年3月30日 - 1566年3月26日)は、スペインのルネサンス音楽の作曲家・オルガニスト。幼児期に失明した。オルガンのためのティエントで有名。多くの作品が出版譜のかたちで現存する。カベソンの作品は、現存する初期のオルガン作品の一つである。
カルロス・セイシャス
1704年6月11日 - 1742年8月25日
ポルトガル
カルロス・デ・セイシャスあるいはカルロス・セイシャス(Jose Antonio Carlos de Seixas, 1704年6月11日 コインブラ - 1742年8月25日 リスボン)はポルトガルの作曲家。教会オルガニストのフランシスコ・ヴァズの息子。1718年、14歳のとき、父親の後任オルガニストとしてリスボンに移り、同地でドメニコ・スカルラッティにチェンバロを学ぶ。その後に宮廷礼拝堂のオルガニストならびに宮廷作曲家に就任。1738年にジョアン5世より騎士の称号を得る。
サルヴァトーレ・ファルボ=ジャングレコ
1872年5月28日 - 1927年4月8日
イタリア
サルヴァトーレ・ファルボ=ジャングレコ(Salvatore Falbo Giangreco, 1872年5月28日 - 1927年4月8日)は、イタリアの作曲家。 シチリア州シラクーザ県アーヴォラ出身。パレルモのベッリーニ音楽院で学び、管弦楽曲、オペレッタ、吹奏楽曲などの作品を作曲した。マンドリンオーケストラ作品も手掛け、たびたびコンクールに入選した。
エンリーコ・マルチェッリ
イタリア
作者は1988年イタリア・フィレンツェに生まれ、1907年此処で逝くなった優れたマンドリニスト、ギタリストで、且つコントラバス奏者で作曲家。 貧しい黒檀細工師の家に生まれたが、少年の頃から音楽の才能を示したが、フィレンツェのケルビーニ音楽学校に通い作曲と和声を学び此処を卒業、その後も諸教授に学んで精進した。優れたコントラバス奏者として名声を拍したが、折しもイタリアに於けるマンドリン楽勃興の時に当たり、かのルイジ・ビアンキの絶妙なマンドリンの演奏を聞いたり、カフェでの旅廻りの楽人、道化師の演奏等に惹きつけられて次第にマンドリンに情熱を傾けていった。
クリストバル・ド・モラレス
1553年10月7日
スペイン
クリストバル・モラーレス(1500年頃 セビリャ - 1553年10月7日 マルチェーナ Marchena)はルネサンスの作曲家。ビクトリア以前のスペインの作曲家では、最も影響力があった。早期教育の段階から古典を含む厳格な学問を叩き込まれるかたわら、当時の第一線の作曲家に薫陶をほどこされた。その後はアビラやプラセンシアに職を得た。1535年までにローマに移り、スペインの声楽家を贔屓にしていたローマ教皇パウルス3世の肝煎りで、教皇庁の聖歌隊で歌手を務めるようになる。 1545年までローマにとどまり、バチカン(ローマ教皇庁)で使用人を務めた。
河合和貴
1968年3月23日
日本
1968年3月23日北海道・恵庭市生まれ。おひつじ座,申年,B型,身長174cm,右利き 名古屋芸術大学・音楽学部・ホルン専攻。吉積光二・近藤敬氏に師事。 作曲を加藤豊氏に師事。
橋本剛
日本
早稲田大学高等学院グリークラブ、早稲田大学コールフリューゲルで、関屋晋、清水昭、清水敬一の指導の下、男声合唱を学ぶ。両団体で学生指揮者を務め、それぞれ定期演奏会では自作の合唱組曲を指揮、初演した。 その後、東京藝術大学作曲科および同大学院修士課程作曲専攻を修了。在学中に奏楽堂日本歌曲コンクール作曲部門優勝、文化庁舞台芸術創作奨励賞管弦楽曲部門入賞。またNHK教育番組に音楽講師として出演。
江原大介
1982年5月29日
日本
江原 大介(えはら だいすけ、1982年5月29日 - )は、日本の作曲家。東京都大田区出身。 2006年、東京音楽大学作曲専攻(芸術音楽コース)卒業。2008年、桐朋学園大学研究科作曲専攻修了。2011年、東京芸術大学大学院修士課程作曲専攻修了。作曲を有馬礼子、池辺晋一郎、権代敦彦、糀場富美子、安良岡章夫に師事。
PRおすすめのコンサート
東京アカデミーオーケストラ
東京アカデミーオーケストラは、ワセオケ・ワグネル等の大学オケで首席経験者のあるメンバーが集い、指揮者なしで緻密な音楽を創る室内オケです。
オーケストラフィルハーモニーリラ創立記念演奏会
チケットプレゼント実施中!経験豊かなメンバーが集まり、マーラー交響曲第9番を演奏します。