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作曲家一覧
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ベンヤミン・ヌス
1989年6月20日
ドイツ
1989年にドイツ、ベルギッシュグラッドバッハで生まれる。 幼少の頃よりプロのジャズトロンボーン奏者である父と、ジャズピアニストである伯父の影響を受け、6歳からヴィクトール・ランゲマンにピアノを学び始める。2004年からはボン出身のコンサートピアニストであるアンドレアス・フローリッヒに個人的なレッスンを受け、そののち現在までイリヤ・シェプスに師事している。 高校を卒業後はケルン音楽大学に進学、学士号を取得し卒業。アナトール・ウゴルスキ、アイナー・ステーン・ノックレベルク、ラグナ・シルマーのマスタークラスに参加。 2004年のドイツ国際音楽コンクール「ユーゲントムジツィエルト音楽コンクール」での優勝をうけ、ノースライン・ウェストファーレン州のユースオーケストラに招かれ演奏した。これまでケルン・フィルハーモニーホール、ハンブルクのライスコンサートホール、ロンドンのバービカンホールなど、評価の高いコンサートホールで演奏している。 また、自身が作曲を手掛けるジャズバンド「Fries Nuss Quartett」のメンバーとしても活動している。
ルドルフ・ケルターボーン
1931年9月3日 - 2021年3月24日
スイス
ルドルフ・ケルターボルン(Rudolf Kelterborn、1931年9月3日 - 2021年3月24日)は、スイスの音楽家、作曲家。 ケルターボルン自身は、ドイツとスイスの多くの音楽大学で講師や教授を務め、1983年から1994年までバーゼル音楽アカデミーを指導した。
松尾祐孝
日本
日本の作曲家、指揮者、音楽プランナー。洗足学園音楽大学S-MAPS洗足学園プレップスクール校長/教授。 東京都生まれ。東京芸術大学卒業、同大学院修士課程修了。第1回現音作曲新人賞入選、第3回日仏現代音楽作曲コンクール特別賞、1988年ACL(アジア作曲家連盟)青年作曲賞第1位、1989年 Impressions of Hong Kong 管弦楽曲コンクール第1位、平成5年度村松賞、ISCM(国際現代音楽協会)World Music Days 1992 ワルシャワ大会入選、1999年別宮賞受賞など受賞多数。
橋本信
日本
石川県金沢市生まれ。 柴田南雄氏の指導を受ける。三善晃氏に師事。 日本音楽集団作曲公募、日本現代音楽協会新人賞作曲公募、全日本吹奏楽連盟作曲公募において入選。 ナムコ等テーマパークの楽曲制作、レストラン、バーのBGMのセレクションを手掛ける。日本現代音楽協会の有志5名からなる「チーム百万石」の活動に参加。 2012年ヘルシンキにおいて室内オーケストラ曲「Sky and Bay」が演奏される。2018年 10月韓国ソウルにおいて開かれたパン・ムジーク・フェスティヴァル国際現代音楽祭にて室内楽アンサンブルの楽曲が演奏される。 日本現代音楽協会会員、日本作曲家協議会会員、作曲家グループ〈邦楽2010〉会員、 日本AI音楽学会会員、日本・フィンランド新音楽協会会員。
ポール・モーリス
1910年9月29日 - 1967年8月18日
フランス
パリ出身。パリ音楽院に学び、ジャン・ガロンに和声を、ノエル・ガロンに対位法とフーガを、アンリ・ビュッセルに作曲をそれぞれ師事。23歳のときにジャン・ガロンの助手となり、多くの学生を指導し、そのうちのいくたりかは後にパリ音楽院の講師となっている。彼女自身も後にパリ音楽院で和声法の教授を務めた。夫のピエール・ランティエと共に執筆した和声法についての学術論文は、フランスや諸外国の多くの学校で参照される重要な論文となった。
エセル・スマイス
1858年4月23日 - 1944年5月8日
イギリス
イギリスの作曲家。19世紀後半の女性作曲家としては、フランスのオーギュスタ・オルメスやセシル・シャミナード、アメリカのエイミー・ビーチと並ぶ偉大なパイオニアである。また、女性解放運動の闘士(サフラジェット)としても名を残した、先駆的なフェミニストでもあった。晩年に聴力を失ってからは、エッセイストに転じ、自伝や交遊録を残した。上野千鶴子の著書などではアメリカ英語に基づく表記で「スミス」と紹介されることもある。
アンナ・ボン
イタリア
アンナ・ボン(Anna Bon, 1740年 - 1767年以降)はイタリア人の女性作曲家・チェンバロ奏者・声楽家。出身地から、アンナ・ボン・ディ・ヴェネツィア(Anna Bon di Venezia)とも称される。 ヴェネツィアにて音楽関係者を両親に生まれ、父ジローラモは脚本家・舞台演出家、母ローザ・ルヴィネッティは声楽家であった。4歳でピエタ慈善院に入学する。バイロイトで、ブランデンブルク=クルムバハ辺境伯フリードリヒに仕える両親の一座に加わった後、1762年に家族とともに、アイゼナハのエステルハージ家の宮廷に出仕し、本人は少なくとも1765年まで同地に留まった。1767年までヒルデブルクハウゼンに暮らし、モニェーリという名の歌手と結婚した。その後の彼女の消息は不明である。 存命中に、前古典派様式による《フラウト・トラヴェルソと通奏低音のための6つのソナタ》作品1(1756年)と《6つのチェンバロ・ソナタ》作品2(1757年)が、ニュルンベルクのバルタザール・シュミットにより出版された。
ドーラ・ペヤチェヴィチ
1885年9月10日 - 1923年3月5日
クロアチア
ドーラ・ペヤチェヴィチ(Dora Pejačević, 1885年9月10日 - 1923年3月5日)は、クロアチアの女性作曲家。後期ロマン主義音楽の様式で58曲を後世に遺した。その大半がピアノ曲や室内オーケストラのための作品である。作品のほとんどが出版も録音もされずに自筆譜のまま遺されている。
ニニ・ロッソ
1926年9月19日 - 1994年10月5日
イタリア
ニニ・ロッソ(Raffaele Celeste Nini Rosso, 1926年9月19日 - 1994年10月5日)は、イタリア出身のミュージシャンでトランペット奏者、作曲家である。 ジャズ及びイージーリスニングのジャンルで活動し「トランペットの詩人」の愛称で親しまれた。
アロンソ・ムダーラ
1580年4月1日
スペイン
スペイン・ルネサンス音楽の作曲家。ビウエラのための楽曲で知られるが、世俗歌曲の作曲家でもある。記録に残るうちでは、ギター曲を最初に出版した人物でもあった。 生地に就いては不明であるが、グアダラハラに育ち、おそらく同地で最初の音楽教育を受けた。カール5世の随行員としてインファンタード侯イーニゴ・ロペス・デ・メンドーサの一行に加わり、おそらく1529年にイタリアに行った。スペインに戻って司祭へ叙階され、1546年にセビリャ大聖堂で聖職者として地位を得ると、残りの生涯をその地で送った。セビリャ大聖堂での任務中に、すべての音楽活動を監督している。多くの記録は、そこでの彼の音楽活動については多くの記録が残っており、演奏家を雇ったり、新しいオルガンを調達して購入したり、様々な行事のためにフランシスコ・ゲレーロと手を組んで活動した。セビリャにて他界。残されたかなりの遺産は、遺志によってセビリャの街の貧民救済に使われた。
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