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作曲家一覧
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ヘットーレ・デッラ・マッラ
イタリア
貴族、音楽家、アマチュアのマドリガリストであり、カルロ・ジェズアルドの知人。 ヘットーレ・デッラ・マーラの声楽作品は 4 つだけ現存しており、シピオーネ・ラコルシアのマドリガーレの 3 冊目 (1620 年) からの 2 つと、1609 年のコレクション「マドリガーリ劇場」(ナポリのガルガーノとヌッチ) からの 2 つです。 ナポリ市政府への関与とは別に、ヘットーレはカルロ・ジェズアルドのアカデミアのリュート奏者兼ギタリストでもありました。 様式的には、ヘットーレの音楽はしっかりとジェズアルド派に属しています。
アルフォンソ・フォンタネッリ
1557年2月15日 - 1622年2月11日
イタリア
ルネサンス後期のイタリアの作曲家、作家、外交官、宮廷人、貴族。彼は、16世紀後半の音楽的に進歩的なフェラーラ楽派の指導的人物の一人であり、バロック時代への移行期におけるセカンド・プラティカ様式の最も初期の作曲家の一人でした。
シルベストレ・レブエルタス
1899年12月31日 - 1940年10月5日
メキシコ
ドゥランゴ州のサンチャゴ・パパスキアーロに生まれる。メキシコ市国立音楽院に学んだ後、テキサス州オースティンのセント・エドワード・カレッジと、イリノイ州シカゴ音楽大学に留学。ヴァイオリニストとしてリサイタルを開いた後、1929年にカルロス・チャベスの招きでメキシコ交響楽団の指揮者助手を1935年まで務め、チャベスとともに数多くの同時代のメキシコ音楽の普及に努めた。この頃から作曲活動に熱が入り始める。
夛川王彦
1980年6月26日
日本
夛川 王彦(たがわ きみひこ、1980年6月26日 - )は日本の作曲家。奈良県出身。大谷大学短期大学部卒業、京都造形芸術大学卒業。現代音楽、アンサンブルなどを主に作曲。
山本裕之
1967年3月7日
日本
山本 裕之(やまもと ひろゆき、1967年3月7日[1] - )は、日本の現代音楽の作曲家。山形県生まれ。 東京芸術大学作曲科卒業、同大学院修了。作曲を近藤譲と松下功に師事。岩手大学教育学部准教授をつとめ、現在愛知県立芸術大学音楽学部作曲コース教授。第58回日本音楽コンクール第三位(1989)、フォーラム91(カナダ/1991)入選、ガウデアムス国際音楽週間94(オランダ/1994)入選、現音作曲新人賞(1996)、BMW musica viva作曲賞(ドイツ/1998)第三位、ISCM世界音楽の日々(ルクセンブルク/2000、横浜/2001)入選、武満徹作曲賞第一位(2002)、第13回芥川作曲賞(2003)ほか、様々なコンクールや音楽祭に入賞、入選。
早川正昭
1934年1月7日
日本
早川 正昭(はやかわ まさあき、1934年1月7日 - )は、日本の作曲家、指揮者。広島大学名誉教授、新ヴィヴァルディ合奏団常任指揮者。 市川市出身。早くから音楽の才能を示し、6歳で最初の曲を書いた。東京大学で農学を学んだ後、東京芸術大学で長谷川良夫に作曲を、渡邉暁雄に指揮を学び、1960年に卒業した。1961年に東京ヴィヴァルディ合奏団を創立し、日本のみならずヨーロッパ各地で公演を行った。1978年にはウィーンとミュンヘンに留学し、バロック音楽を研究した。1979年、東京ヴィヴァルディ合奏団のトップメンバーらとともに新ヴィヴァルディ合奏団を設立。 名古屋音楽大学、広島大学、聖徳大学の教授を歴任。 作品は西洋の楽器や技術を使用しながらも、日本の伝統音楽の影響を受けている。
ダグ・ヴィレーン
1905年10月15日 - 1986年4月19日
スウェーデン
スウェーデンの作曲家。1926年から1931年までストックホルム国立アカデミーに学んだ後、1932年から1934年までパリでレオニード・サバネーエフに師事する。1935年にスウェーデン作曲家協会の司書となり、1938年から「スウェーデン日報(sv:Svenska Morgonbladet)」紙上で音楽評論を務めた。1946年よりフリーランスの作曲家として立つ。この頃にはストックホルム王立音楽アカデミーの教壇に立つようになった。「弦楽のためのセレナーデ」が有名だが、ほかに2つのオペレッタや5曲の交響曲、管弦楽のためのディヴェルティメント、弦楽四重奏曲、ピアノ曲、映画音楽を作曲している。
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