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作曲家一覧

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伊藤美由紀

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日本

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愛知県立芸術大学、マンハッタン音楽院修士課程(NY)、コロンビア大学博士課程(NY)修了。芸術音楽博士(DMA)。コロンビア大学では、トリスタン・ミュライユ氏に師事。文化庁芸術家在外研修員として、IRCAM(フランス国立音響研究所)にて研鑽を積む。神奈川県合唱曲作曲コンクール、アボット室内楽作曲コンクール(ボストン)、Boris & Edna Rapoport賞(NY)、名古屋文化振興賞、日本交響楽振興財団作曲賞入選など、受賞。

鄧雨賢

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1906年7月21日 - 1944年6月11日

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台湾

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鄧 雨賢(とう うけん、Teng Yu-hsien、1906年7月21日 - 1944年6月11日)は、日本統治時代の台湾の作曲家。唐崎夜雨のペンネームでも活動し、後に東田暁雨という日本名に改名した。 桃園県龍潭郷出身。広東省嘉応州鎮平県(現在の梅州市蕉嶺県)から移住した客家人の子孫。父の鄧盛猶が台湾総督府から台北師範学校(現在の国立台北教育大学)の漢文教師に招かれたため、3歳で父に従って台北に移住。1914年、艋舺公学校に入学した。1921年、15歳の時に台北師範学校に入学し、オルガンやマンドリンなどの西洋楽器に接した。1925年に卒業後に、大稲埕の日新公学校に勤務するが、24歳の時に日本に渡って作曲を学んだ。 作品のうち、『雨夜花』『望春風』『月夜愁』『四季紅』の4作品が特に有名で、4曲合わせて「四月望雨」と呼ばれる。

マティアス・ヴェックマン

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1674年2月24日

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ドイツ

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バロック音楽初期から盛期にかけて活躍した、北ドイツの音楽家。ドレスデンでハインリヒ・シュッツ率いるザクセン宮廷楽団において、少年聖歌隊員として音楽教育を受け、さらにハンブルクの聖ペーター教会にて、名高いヤーコプ・プレトリウスにオルガンを師事。1637年に旧師シュッツに同行してデンマークを訪れた後、1638年から1642年までザクセン選帝侯の宮廷オルガニストを務め、(三十年戦争中の)1647年までにデンマークに復帰している。 1649年から1655年まで最後のドレスデン入りを果たし、ザクセン選帝侯が催した演奏対決でヨハン・ヤーコプ・フローベルガーと出逢う。二人は親友同士となり、終生にわたって互いに書簡を取り交わした。1655年に、ハンブルクの聖ヤーコプ教会専属オルガニストの称号を与えられ、余生を同地で過ごした。音楽団体コレギウム・ムジクムを創設するなど、ハンブルク時代が最も実り豊かな時期であった。オルガンのためのコラール変奏曲やコラール前奏曲のほか、イタリア音楽やフランス音楽に影響されたチェンバロのための小品を作曲。このほかに楽器のためのソナタに加えて、声楽のための宗教曲を遺している。

ウィリアム・リマー

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1936年2月9日

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イギリス

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ランカシャーの作曲家、ブラスバンド音楽の指揮者で、行進曲で特によく知られていた。1862 年にサウスポートで音楽一家に生まれる。15 歳のとき、サウスポート ライフル バンドにサイドドラマーとして参加し、その後コルネット奏者に移り、最終的にはバンドの首席コルネット ソリストとなる。 その後彼はベセス・オ・ス・バーン・バンドのアレクサンダー・オーウェンの指導の下で国内最高のコルネット奏者の一人に成長した。 楽器の腕前はよく知られるようになり、当時最高のバンドの多くにソリストとして参加。 最終的には演奏をやめ、バンドのトレーニングと指揮に集中した。名声の絶頂期には、1905年から1909年にかけてクリスタル・パレスとベルビューの両方のコンクールで優勝したすべてのバンドを指揮した。

ポール・ジャンジャン

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フランス

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フランスの著名な作曲家。ギャルド・レピュブリケーヌ楽団とモンテカルロ・オペラの首席クラリネット奏者。 主にクラリネットの作曲で知られているが、ファゴットやコルネットなどの他の楽器のためにも作曲をおこなった。 彼は最も重要なクラリネット教師の一人、クリソゴン・シリル・ローズに師事。 クラリネットのための作品は、技術的要素の練習のための研究として知られている。

ジム・アンディ・コーディル

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アメリカ

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1932年、ケンタッキー州アシュランドに生まれたコーディル氏は、5歳のときに父親からトランペットを教わり、音楽家としてのキャリアをスタートさせた。1950年には全米チャンピオンのソリストとして全米をツアーした。モアヘッド州立大学(ケンタッキー州)で学士号、マーシャル大学(ウィスコンシン州)で修士号を取得するかたわら、コンサート・バンド、ジャズ・バンド、マーチング・バンドのために作曲と編曲を始める。教育者としてのコーディルは、1968年にパイクヴィル・カレッジ(KY)に赴任するまで公立学校で教えていた。パイクヴィル・カレッジでは、トランペット、音楽理論、オーケストレーション、教授法を教え、ウィンド・アンサンブルを指揮し、1997年に退職した。

ジャン=バティスト・ルイエ

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1680年11月18日 - 1730年7月19日

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ベルギー

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ジャン=バティスト・ルイエ(Jean-Baptiste Lœillet (de Londres), 1680年11月18日 - 1730年7月19日)は、現在のベルギー出身のイギリス・バロック音楽の作曲家。 ロンドンで管楽器奏者および鍵盤楽器奏者としても活躍した。 弟ジャック・ルイエならびに同名の従弟と同じく、スペイン領ネーデルラントのヘント出身。フルートやオーボエの演奏に長けていたことから、木管楽器のための室内楽を手がけ、とりわけフルートやリコーダーの作品で知られる。

フィリップ・マヌリ

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1952年6月19日

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フランス

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フランスの現代音楽の作曲家。ミシェル・フィリポ、マックス・ドイチュ、クロード・バリフに師事し、ラルース音楽事典には初期の作品から列挙されるなど「ブーレーズ以降最も注目される」若手として紹介された。

セリム・パルムグレン

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1878年2月16日 - 1951年12月13日

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フィンランド

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フィンランドの作曲家・ピアニスト・指揮者・音楽教師。フェルッチョ・ブゾーニの薫陶を受け、1921年よりアメリカ合衆国のイーストマン音楽学校作曲科で教鞭を執る。作品のほとんどはピアノ曲と男声合唱曲であり、中でもピアノのための抒情的な小品は、スカンジナビアの民謡的要素が活用されている。

アーノルド・バックス

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1883年11月8日 - 1953年10月3日

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イギリス

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イギリスの作曲家、詩人、著作家。多作家であり、歌曲、合唱曲、室内楽曲、ピアノ独奏曲などに作品を残したが、最も知られるのは管弦楽曲である。一連の交響詩に加えて7曲の交響曲を書いており、一時はイギリスを代表する交響曲作家であると広く認められていた。

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東京アカデミーオーケストラは、ワセオケ・ワグネル等の大学オケで首席経験者のあるメンバーが集い、指揮者なしで緻密な音楽を創る室内オケです。