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作曲家一覧

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相澤直人

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1978年7月28日

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日本

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相澤 直人(あいざわ なおと、1978年7月28日 - )は、日本の作曲家、編曲家、合唱指揮者。東京都町田市出身。日本合唱指揮者協会理事、東京都合唱連盟理事[1]。洗足学園音楽大学講師。合同会社「AizawaNotes, LLC」代表。4歳からピアノを始め、才能教育研究会のピアノ研究科を12歳で修了。東京都立八王子東高等学校在学中に入部していたコーラス部で合唱を経験したことで、音楽家を志すようになる[1]。東京芸術大学では8年間をかけて作曲科・指揮科の双方に在学(作曲科を5年で卒業、指揮科を3年時に病気中退)し、甲状腺の治療、療養後の2007年より独立。様々な合唱団で指揮者を務める。

宮下秀樹

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日本

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新潟市生まれ。5歳よりピアノ、小学2年生頃から作曲を始める。新潟市立内野中学校で吹奏楽部に入部。高校1年生の時に新潟市音楽文化会館で行われた市民オペラのエキストラに出演し、オペラの楽しさに目覚める。新潟大学教育学部特別教科(音楽)教員養成課程に声楽科で入学。作曲も同時に習うべく故久住和麿氏より和声、対位法、楽式、管弦楽法を学ぶ。大学2年終了時に作曲科への転科試験に合格。大学3年から本格的に作曲を学ぶ。ふMax/MSPを中心としたコンピュータ音楽を中心に現代作品を作り始める。卒業演奏会用に作曲した初のオーケストラ作品「新時代の幕開け」(演奏:新潟大学管弦楽団)の発表が成功し、コンピュータ音楽とアコースティック音楽の両面で作曲活動を行う。大学卒業後は東京学芸大学大学院に進学。大学院修了後は教員を目指して新潟に帰郷。初の吹奏楽作品となる「ウィンドオーケストラのための《飛翔》」(演奏:日本文理高校)を発表。現在は、担任、部活顧問に加えて研究主任など中学校教諭としての仕事と夜間休日の作曲家業を両立して活動中。

アルフレート・シュニトケ

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1934年11月24日 - 1998年8月3日

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ソビエト連邦

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ヴォルガ・ドイツ人自治共和国のエンゲリスに生まれる。 ジャーナリストおよび翻訳家の父親は、1926年にヴァイマル共和国からソビエト連邦に移住してきたフランクフルト出身のユダヤ系ドイツ人で、母親はいわゆるヴォルガ・ドイツ人。このためシュニトケは、少年時代からドイツ語を使う家庭環境に育つ(ただし母語はヴォルガ・ドイツ方言であった)。 1946年に父親の赴任地ウィーンで最初の音楽教育を受ける。1948年にモスクワに転居。1961年にモスクワ音楽院を卒業し、翌1962年から1972年まで講師を務めた。その後は主に映画音楽の作曲により糊口をしのぐ。後にカトリックに改宗し、信仰心が作風の変化に影響を与えるが、合唱協奏曲に明らかなように、シュニトケ自身は共産革命を経ても猶ロシアに根付いているロシア正教会の力強い神秘主義に親近感を持っていた。

チャールズ・アイヴズ

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1874年10月20日 - 1954年5月19日

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アメリカ

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チャールズ・エドワード・アイヴズ(Charles Edward Ives、1874年10月20日 コネチカット州ダンベリー - 1954年5月19日 ニューヨーク市)は、アメリカ合衆国の作曲家。アメリカ現代音楽のパイオニアとして認知されている。作品は存命中はほとんど無視され、長年演奏されなかった。 現在では、アメリカ的な価値観のもとに創作を行なった独創的な作曲家と評価されており、録音もかなりの数が存在する。作品にはさまざまなアメリカの民俗音楽の要素が含まれている。

ジャン・リヴィエ

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1896年7月21日 - 1987年11月6日

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フランス

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フランスの作曲家。ヴィルモンブル出身。哲学を学んだ後、パリ国立高等音楽・舞踊学校でジャン・ギャロン、ジョルジュ・コサード、モーリス・エマニュエルらについて学び、作曲科の教授として1947年から1966年まで勤めた。作品にはオペラ、バレエ、放送音楽、7つの交響曲、多くの独奏楽器のための協奏曲、室内楽、レクイエム、詩篇、合唱、歌曲があり、全部で100曲以上に及ぶ。

ハインリヒ・ヴィルヘルム・エルンスト

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1814年5月6日 - 1865年10月8日

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チェコ

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オーストリア帝国(現在のチェコ)生まれのヴァイオリニスト・作曲家。 パガニーニを髣髴させる変奏曲や幻想曲を多く残し、生前は『ヴェニスの謝肉祭による変奏曲』作品18が彼の代名詞となっていた。パガニーニの後継者と目され、ヨーロッパ中を演奏して回ったエルンストは、1862年に神経痛のため引退し、その後も作曲を続けていたが1865年にパガニーニと同じくニースで没した。 現在では、難曲として知られるヴァイオリン独奏曲「フランツ・シューベルトの『魔王』による大奇想曲」作品26、「悲愴協奏曲」作品23などごく一部の作品が演奏されている。

ヴァン・マッコイ

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1940年1月6日 - 1979年7月6日

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アメリカ

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アメリカ合衆国のミュージシャン、作曲家。1975年のヒット曲「ハッスル」で知られる。バーバラ・ルイスの「ベイビー・アイム・ユアーズ」の作者としても知られる。

ミェチスワフ・ヴァインベルク

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1919年12月8日 - 1996年2月26日

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ポーランド

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ポーランド出身で、主にソビエト連邦・ロシアで活動した作曲家。ワルシャワ音楽院で学ぶが、1939年、ナチス・ドイツのポーランド侵攻のため、ソヴィエト連邦に亡命。名前をロシア風にモイセイ・ヴァインベルクと改める。ソ連ではドミートリイ・ショスタコーヴィチと親交を結ぶ。

ファルカシュ・フェレンツ

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1905年12月15日 - 2000年10月10日

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ハンガリー

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ファルカシュ・フェレンツ(Farkas Ferenc, 1905年12月15日 - 2000年10月10日)は、ハンガリーの作曲家。

井澗昌樹

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日本

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大阪教育大学教養学科芸術専攻音楽コース卒業、同大学大学院芸術文化専攻修了。 作曲を澤田博、北川文雄の両氏に師事。現代音楽、吹奏楽、舞台音楽を中心に作編曲活動を行っている。特に吹奏楽の分野においては 2008 年度全日本吹奏楽コンクール課題曲である「火の断章」をはじめとして多くの作品が出版・録音されている他、客演指揮や講習、各種コンクールの審査員として幅広く携わる。 近作として、陸上自衛隊の委嘱によって作曲された行進曲「桜雲」は、京都で開催された天皇陛下御即位30年記念式典において演奏された。 関西現代音楽交流協会、21世紀の吹奏楽“響宴”、各会員。

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