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作曲家一覧
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ジャック・アルカデルト
1568年10月14日
ベルギー
ジャック・アルカデルト(Jacques Arcadelt)またはヤコブ・アルカデルト(Jacob Arcadelt, 1504年もしくは1505年 - 1568年 10月14日 パリ)は、盛期ルネサンスのフランドル楽派の作曲家。姓についてはアルカデ(Arcadet)、アルカダン(Arcadent)とも。もっぱらマドリガーレやシャンソンのような世俗音楽の作者であった。出身はリエージュだった可能性が高いが、近年ではフランス人説も濃厚になってきた。生い立ちについてはほとんど判っていないが、1539年にはジュリア礼拝堂の一員となっていたので、その頃までにはローマに在住していたらしい。
ポール・アグリコール・ジュナン
フランス
1832年生まれ。1902年没。フランスのフルート奏者、作曲家。19世紀後半のフランスを代表するフルーティスト。パリ音楽院を出て、イタリア歌劇場の主席フルート奏者として活躍。自身のコンサート用などにフルートオペラの名旋律の編曲など、小品を多数作曲している。
チャールズ・ヒューバート・パリー
1848年2月27日 - 1918年10月7日
イギリス
初代准男爵サー・チャールズ・ヒューバート・ヘイスティングス・パリー(Sir Charles Hubert Hastings Parry, 1st Baronet, 1848年2月27日 - 1918年10月7日)は、イギリスの作曲家、教育者。ミドルネームの「ヘイスティングス」にあたる部分は英国でも「H.」と略記することが一般的である。ウィリアム・ブレイクの詩に曲をつけた聖歌『エルサレム』が有名となっており、BBCプロムスの最終夜で必ず演奏されるなどイングランドで国民的に愛されている。
イェネー・フバイ
1858年9月15日 - 1937年3月12日
ハンガリー
イェネー・フバイ(1858年9月15日 ペシュト ? 1937年3月12日 ブダペスト)は、ハンガリーのヴァイオリニスト・作曲家・音楽教師。ドイツ系音楽家の家庭に生まれ、正しくはオイゲン・フーバー(またはフーベル、Eugen H?ber)といったが、フランス語圏で生活していた二十歳の頃から、好んで「マジャル風」の姓名を名乗るようになった。ハンガリー国立歌劇場のコンサートマスターならびにブダペスト音楽院教授をつとめる父親カーロイから、ヴァイオリンと音楽の手ほどきを受け、11歳になるまでにヴィオッティの協奏曲を演奏して公開デビューを飾った。
新垣隆
1970年9月1日
日本
新垣 隆(にいがき たかし、1970年〈昭和45年〉9月1日 - )は、日本の作曲家、ピアニスト。学位は学士(音楽)(桐朋学園大学)。桐朋学園大学音楽学部講師、桐朋学園大学院大学音楽研究科特任教授、大阪音楽大学短期大学部客員教授、株式会社カンパニーイースト所属。2018年からバンド・ジェニーハイのメンバーとしても活動している。
多田武彦
1930年11月22日 - 2017年12月12日
日本
多田 武彦(ただ たけひこ、1930年11月22日 - 2017年12月12日)は、日本の作曲家。大阪府大阪市南区(現:中央区)生まれ。男声合唱曲を中心に合唱曲の作曲を手がけており、その作品数は113個の組曲(うち95個が男声合唱組曲)を含む、全719曲の合唱曲に上る。殊に男声合唱に関わる者からは「タダタケ」の愛称で親しまれている。旧制大阪高校在学中に合唱を始める。先輩には東京混声合唱団桂冠指揮者の田中信昭がいる。京都大学法学部を卒業。大学在学中、京都大学男声合唱団の指揮者として活躍。当時知遇を得た作曲家清水脩に作曲上の指導助言を受けた。
武藤理恵
日本
5歳より15歳まで桐朋学園子供のための音楽教室(桐朋学園大学の附属教育研究機関。一期生である小澤征爾・中村紘子・堤剛を始め、多くの演奏家や指揮者を育てた)にてピアノ・聴音・ソルフェージュを学ぶ。1971年(小学校5年生)より児童合唱団のピアノ伴奏者として活動。1978年第32回毎日新聞社主催全日本学生音楽コンクールピアノ部門入賞。桐朋女子高等学校音楽科および桐朋学園大学音楽学部ピアノ科卒業。
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