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作曲家一覧
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ビアージョ・マリーニ
1594年2月5日 - 1663年3月20日
イタリア
ビアージョ・マリーニ(Biagio Marini, 1594年2月5日 - 1663年3月20日)は、イタリアの作曲家、ヴァイオリニスト。
ヨアヒム・ラフ
1822年5月27日 - 1882年6月24日
スイス
ヨーゼフ・ヨアヒム・ラフ(Joseph Joachim Raff、1822年5月27日 - 1882年6月24日/25日)は、スイス及びドイツの作曲家、ピアニスト。
桑田佳祐
1956年2月26日
日本
桑田 佳祐(くわた けいすけ、1956年〈昭和31年〉2月26日 - )は、日本の男性ミュージシャン、シンガーソングライター。自身がバンドマスターを務めるサザンオールスターズのボーカル・ギターを担当。神奈川県茅ヶ崎市出身。所属事務所はアミューズ。所属レコード会社はJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント、所属レーベルはタイシタレーベル。鎌倉学園高等学校卒業、青山学院大学経営学部除籍。愛称は、佳ちゃん、スケちゃん、桑っちょ、桑田くんなど。身長は170センチメートル。
松村禎三
1929年1月15日 - 2007年8月6日
日本
松村 禎三(まつむら ていぞう、1929年1月15日 - 2007年8月6日)は、日本の作曲家、俳人。東京芸術大学名誉教授。デビュー当時から、ラヴェル、ストラヴィンスキー、アジアの伝統音楽の影響を受けた豊穣な響きと、生命の根源に直結したエネルギーと哲学的な思索に基づく創作を行った。
早坂文雄
1914年8月19日 - 1955年10月15日
日本
早坂 文雄(はやさか ふみお、1914年8月19日 - 1955年10月15日)は、日本の作曲家である。宮城県仙台市出身。1914年(大正3年)、宮城県仙台市に生れる。早坂家は代々宮城県志田郡の地主の家系で、祖父の代までは裕福だったと言われるが、父(順之助)の代には没落していた。幼時北海道札幌市に移住した。ただし、本人は生涯に渡って故郷は北海道ではなく宮城県であるという意識を持っていた。家庭はこれといって音楽的環境ではなかったが、父は日本画をたしなみ、早坂も旧制・北海中学(現北海高等学校)入学時には洋画家になろうと思っていたが、15歳の頃から作曲家を志すようになった。
ニコライ・チェレプニン
1873年5月3日 - 1945年6月27日
ロシア
サンクトペテルブルク出身。法律家を志したが断念し、サンクトペテルブルク音楽院にてニコライ・リムスキー=コルサコフに師事。その後、同音楽院の指揮科の教授に就任し、自らも帝室マリインスキー劇場の指揮台に立った。1909年から1914年にかけてセルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団に指揮者として参加し、最初のパリ公演でも指揮者を務めている。1918年にロシア革命を避けてグルジアに渡り、トビリシ音楽院の院長に就任。だが、赤軍のグルジア侵攻に伴い1921年にイスタンブール経由でパリに亡命し、フランスで余生を送った。1945年にパリで死去し、郊外のサント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワのサント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワ・ロシア人墓地(フランス語版)に息子のアレクサンドルと共に埋葬されている。フランス印象主義音楽の影響を受けた最初のロシア人作曲家と言われており、古典的で明晰な構成と、軽妙洒脱な響きを好む傾向が認められる。ロシア人作曲家には珍しく、息の長い旋律を持続させ、深刻な劇的表現を発展させるということは不得手であったらしい。
信時潔
1887年12月29日 - 1965年8月1日
日本
信時 潔(のぶとき きよし、1887年〈明治20年〉12月29日 - 1965年〈昭和40年〉8月1日)は、大正・昭和時代の日本の作曲家・音楽学者・チェロ奏者。大阪市出身。
石井眞木
1936年5月28日 - 2003年4月8日
日本
石井 眞木(いしい まき、1936年5月28日 - 2003年4月8日)は、日本の作曲家、指揮者。東京府出身。父は舞踊家の石井漠、同じく作曲家の石井歓は兄、石井五郎は叔父。
オラ・イェイロ
ノルウェー
オラ・イェイロ(Ola Gjeilo、1978年 - )は、ノルウェー出身、アメリカ・マンハッタン在住の作曲家、ピアニスト。 ノルウェー国立音楽院にてクラシック音楽を学ぶ。その後イギリスの王立音楽院、アメリカのジュリアード音楽院へと移り作曲の修士号を得た[1]。クラシック音楽が主であり、賛美歌など宗教的な題材をモチーフにした楽曲も多い。
ヴィクター・ヤング
1899年8月8日 - 1956年11月10日
アメリカ
ヴィクター・ヤング(Victor Young, 1899年8月8日 - 1956年11月10日)は、アメリカの実在した作曲家、指揮者、編曲家、ヴァイオリン奏者。代表曲としてジャズのスタンダードとなった「星影のステラ (Stella by Starlight)」がある。 イリノイ州シカゴ出身のポーランド系ユダヤ人。最初コンサートヴァイオリニストとして出発したが、テッド・フィオリト楽団に参加したことで、ポピュラー音楽の分野に移った。多くの軽音楽を作り、ビング・クロスビーなどの歌手に曲を提供した。1930年代中頃より映画音楽に専念するために、ハリウッドに移った。 彼はアカデミー賞に22回ノミネートされたが、生前に受賞することはできず、死後に『八十日間世界一周』(1956年)でアカデミー作曲賞を受賞した。
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