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作曲家一覧
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ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク
1621年10月16日
オランダ
オランダの作曲家・オルガニスト。ルネサンス音楽の末期からバロック音楽の最初期において、北ドイツ・オルガン楽派の育成に寄与した。音楽家としても教育者としても、イタリアのフレスコバルディに匹敵する存在である。スウェーリンクは、ネーデルラント鍵盤楽派の発展の頂点を占めており、実際に対位法の複雑さや洗練においてバッハ以前の鍵盤音楽を代表するひとりである。またフランドル楽派の末裔とも見なされ、声楽曲にも熟練した作曲家であり、250曲以上の声楽曲(シャンソン、マドリガーレ、モテット、詩篇唱)を残した。様式的にスウェーリンクの音楽は、ヴェネツィア時代に親しんだガブリエーリ一族の作品と同じような豊かさや複雑さ、そして空間的感覚と、イングランド鍵盤楽派の作曲家と同じような装飾や堅苦しくない形式とをまとめ上げたものにほかならない。形式上の展開において、とりわけ対主題やストレット、保続音の用法において、スウェーリンクの作品は、フレスコバルディをはるかに凌いで、バッハを予期している。スウェーリンクは即興演奏の大家であり、「アムステルダムのオルフェウス」とあだ名されたほどだった。
ロベール・プラネル
1908年1月2日 - 1994年5月25日
フランス
フランスの作曲家。モンテリマール出身。父親のアルフォンス・プラネル(1869年-1947年)は作曲家でモンテリマール音楽院の創設者であった。1914年から1918年までパリ国立オペラで最初のヴァイオリンのレッスンを受けた。1922年から1933年までパリ国立高等音楽・舞踊学校でヴァイオリンのほか、和声をジャン・ギャロンに、対位法をジョルジュ・コサードに、作曲をアンリ・ビュッセルとポール・ヴィダルについて学んだ。1933年にローマ賞を受賞し、1934年から1936年までイタリアに留学した。1945年からパリ市の音楽教育の総括監察官として活躍し、パリ地方音楽院を創設した。
ヨーゼフ・ランナー
1801年4月12日 - 1843年4月14日
オーストリア
オーストリアの音楽家。 シュトラウス一家に先立ってウィンナ・ワルツの様式を確立させたため、「ワルツの始祖」と呼ばれることがある。そして後にはヨハン・シュトラウス1世と対決しつつワルツを磨き上げていった(ワルツ合戦)。ワルツ、ポルカ、ギャロップ、レントラーなど400曲以上の舞曲などを作曲した。特に『シュタイアーマルク風舞曲』と『シェーンブルンの人びと』は、イーゴリ・ストラヴィンスキーのバレエ音楽『ペトルーシュカ』にそのモチーフが採り入れられている。ショパンやスメタナ、リヒャルト・シュトラウスなどの作品にも影響を与えた。
沖仁
1974年9月3日
日本
沖 仁(おき じん、1974年9月3日 - )は、日本のフラメンコギター奏者、作曲家。 2010年、“ニーニョ・リカルド”フラメンコギター国際コンクール国際部門で、日本人で初めて優勝した。
サルヴァトーレ・シャリーノ
1947年4月4日
イタリア
イタリアの現代音楽の作曲家。シチリアのパレルモ出身。12歳から独学で作曲を始め、1962年に最初の作品が公に発表された。その音楽は独自の聴き方や感情的認識を促す。
佐藤直紀
1970年5月2日
日本
佐藤 直紀(さとう なおき、1970年〈昭和45年〉5月2日 - )は、日本の作曲家、編曲家。千葉県出身。日出学園中学校・高等学校、東京音楽大学作曲指揮専攻 作曲「映画・放送コース」卒業。東京音楽大学客員教授。
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