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2025/04/24
奈良・きたまちの歴史ある町家に響く、澄んだ一音。「きたまち茶論コンサート」は、まるで建物全体が楽器のように音楽と共鳴する、 心地よい響きに包まれるひとときをを届けてくれます。 主宰はピアニスト・辻ゆり子さん。「もっと暮らしにクラシックを」という想いから生まれた〈ならdeこんさーと〉の活動は、今や奈良のみならず関西各地へと広がっています。 今回は、辻さんへのインタビューを通して、きたまち茶論という空間の魅力や、音楽を“感じる”コンサートづくりの裏側に迫ります。
——まずは、「ならdeこんさーと」について詳しく教えてください。
辻〈ならdeこんさーと〉は、奈良のきたまちを拠点に活動しているコンサート企画団体です。地域に根ざした音楽活動を中心に、関西一円でクラシックのコンサートを企画・運営しています。
拠点としている「きたまち茶論」は、奈良時代から現代まで1300年間の歴史資源や文化遺産が数多く残る奈良・きたまちに位置しています。古い地図の町名がそのまま残っているような、歴史的にも貴重な場所で、建物自体も、東大寺の別当・清水公照師ゆかりの建物で、民藝の意匠を凝らした木造三階建てです。 観光で奈良に訪れた方にとっても、歴史を感じながら音楽を楽しんでいただける特別な場所になっていると思います。
——歴史と文化が息づく、“古都奈良”らしいコンサート空間ですね。辻さんご自身のご経歴や、〈ならdeこんさーと〉を立ち上げたきっかけについても教えてください。
辻私はピアニストとして活動していまして、自分自身が演奏できる場所をつくりたいという思いから、〈ならdeこんさーと〉を立ち上げました。ただ、それ以上にコンサートをプロデュースすることに魅力を感じていて、それが自分の得意分野だとも思っています。 クラシックの演奏家が主催するコンサートは、つい身内ばかりが来る発表会のようになりがちですが、私は「自分と関係のないお客様が半分以上を占めること」を目指して取り組んでいます。
——「コンサートをプロデュースするのが得意」とのことですが、企画や運営に当たって、具体的に工夫されていることはございますか。
辻一番大きいのは、告知の工夫です。〈ならdeこんさーと〉はワンオペで運営しているため予算も限られていますが、そのぶん一つひとつ丁寧に広報に取り組んでいます。 奈良市から後援名義をいただけると、市内60か所ほどの公共施設にチラシを設置してもらえるので、それを最大限に活用しています。また、地方ならではの方法として、車で県内の喫茶店や商店などを回って、直接チラシを置かせてもらうお願いをすることもあります。 とにかく手間を惜しまないこと。それが目標達成のために不可欠だと考えています。広報活動を時給に換算したら…考えたくないですね(笑)。でもその分、確実に新しいお客様に届けられている実感があります。
——ご自身の足で地道に広報活動を行っていらっしゃるんですね!来場されるお客様には、どのような方が多いのでしょうか。
辻毎回来てくださる常連の方もいますが、常連だけでは会場は埋まりませんので、新規のお客様が必ずいらっしゃいます。中には、「建物に興味があって来ました」という方も少なくありません。 〈きたまち茶論〉は、東大寺大仏殿の修理に関わった宮大工が建てたとされる建物で、茶室からは若草山や大仏殿を望むこともできる特別な空間です。その建築に惹かれて訪れた方が、コンサートをきっかけに音楽に触れるという流れもあります。 過去には、数寄屋建築の棟梁が来場されたこともありました。その方は羽織袴でお越しになって、建物の空気感や音の響きをじっくり味わっていかれました。音楽がどうこうというよりも、空間全体を「感じに」来られていたように思います。 また、コンサートホールとは異なり、2階席は演奏者が見えにくい“見切れ席”ではあるのですが、かえってリラックスして聴けるという声もいただきます。クラシックの演奏会は「堅苦しい」「静かにしなければならない」と感じている方も多いのですが、2階席は寝転がって聴いてもいい、気楽に楽しめる空気があります。 逆に1階席は演奏者との距離が非常に近く、目の前で音楽が鳴っているという臨場感があります。お客様の熱量がダイレクトに演奏者に伝わるので、演奏者側にとっても手応えのある空間だと思います。
——観客はもちろん、演奏者の方々にとっても、非常に貴重な経験になりそうですね。皆さんが「きたまち茶論」で演奏することについて、どのような感想を抱かれているのか気になります。
辻昼夜2回公演をお願いしていることもあり、体力的にはハードだとおっしゃる方もいますが、それでも「お客様の反応が熱くて力をもらえる」といった前向きな声をいただくことが多いです。実際、終演後には演奏者とお客様が言葉を交わせる時間もあり、感想を直接聞くことができる場面もあります。 また、木造建築という空間の特性からか、特に弦楽器の方々からは「響きがとても心地よくて弾きやすい」と言っていただけます。建物全体が共鳴しているような感覚があり、音が濁らずクリアに伝わるという点で、演奏者にとっても貴重な経験になっているようです。 過去には、「こんな空間と音は他にはない」と評価してくださる楽器会社の方もいらっしゃいました。
——コンサートホールとは一味違った響きが楽しめる空間ということですね。〈きたまち茶論コンサート〉に出演される演奏家の方々は、どのように選ばれているのでしょうか。
辻「この人に出てほしい」という私自身の想いがスタート地点です。出演をお願いする基準は、演奏技術の高さはもちろんですが、それだけではなく人柄やお客様との距離感もとても大切にしています。〈きたまち茶論〉はアットホームな空間ですので、演奏だけが素晴らしくても、どこか閉じた雰囲気になってしまってはこの会場の魅力が活きません。そのため、演奏と人間性の両方に惹かれる方に声をかけています。 また、出演者とは「縁」でつながっていることが多いですね。これまで共演してきた方や、その方のご紹介でつながった方など、自然な出会いの中からコンサートが生まれていきます。ですので、私が「選ぶ」というよりも、“この人しかいない”という方と一緒に作っていく感覚です。
——人と人との出会いから生まれる舞台というのも、〈ならdeこんさーと〉らしい温かさを感じます。今後のラインナップについてお聞かせください。
辻2025年は全4回の公演を予定しています。それぞれ趣向の異なる内容になっていて、きたまち茶論という空間の魅力を最大限に活かせるようなプログラムを組んでいます。 2月はバロック・ヴァイオリンの名手・廣海志帆さんを迎え、春をテーマにしたプログラムをお届けしました。4月には「谷川俊太郎をうたう午後」と題し、谷川賢作さんと鈴木絵麻さんによる詩と音楽のコラボレーションを行いました。 次に控えている8月には、バリトンサクソフォーン奏者の栃尾克樹さんによるフランス音楽の世界。11月にはベルリン芸術大学大学院に在籍する若手ヴァイオリニスト、ヴァシュカウ・考志・ローレンスさんを迎え、国際色豊かな響きをお楽しみいただきます。 いずれの回も2公演制で、1階席・2階席ともに25名限定の少人数公演です。距離の近さと音の響き、その両方を体感できる機会ですので、ぜひ多くの方に足を運んでいただきたいです。
——最後に、今後の展望や読者の皆さんに伝えたいメッセージがあればお願いします。
辻私は「コンサートツーリズム」という言葉をよく使うのですが、観光と音楽の融合をもっと広げていきたいと思っています。遠方から来てくださる方には、コンサートを目的に観光の一部として奈良を訪れていただけたらうれしいですね。 奈良には美しい景観や歴史的な建物、美味しいお店がたくさんありますし、もしご希望があれば、地元のお店の情報もご案内できます。そして、旅の一環として〈きたまち茶論〉での音楽体験を加えてもらえたらと思っています。
——素晴らしいお話をありがとうございました。この記事を通じて、「きたまち茶論コンサート」の特別な空間と、〈ならdeこんさーと〉が届ける“感じる音楽”の魅力が、より多くの方の心に届くことを願っています。
ならdeこんさーとホームページ きたまち茶論ホームページ (インタビュー・構成/松永華佳)
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