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2025/04/25
古楽と現代音楽(現代クラシック音楽)の鍵盤楽器奏者である横山博さん。他ジャンルのアーティストとの共演を企画し、新しい音楽体験づくりに取り組まれている。 1月には両国門天ホールでプリペアド・ピアノのワークショップとリサイタルを開催。そして5月にはジョン・ケージとオノ・ヨーコ作品を組み合わせた『Arts in Everyday 2025 - ジョン・ケージとオノ・ヨーコ 』を開催する。総合演出に、西村直晃さん、衣装・美術に村上美知瑠を迎え、音楽、視覚が研ぎ澄まされる、特別な一日になるだろう。 本記事では、横山さんが取り組まれているプリペアド・ピアノとジョン・ケージの魅力、そして5月の公演のコンセプトと見どころについてうかがった。
——横山さんはジョン・ケージ作品に取り組まれています。今年1月にはプリペアド・ピアノのプレパレーション(ピアノ内部にネジやゴムを挟み込む作業のこと)の見学ワークショップを行われたそうですね。
横山本来は舞台裏の仕込み作業ですし、見せびらかすものではないとも思いましたが、予想以上に、たくさんの方がご来場くださり、ジョン・ケージに対する関心がまだまだ健在なのだということに驚きました。特に、若い方たちが、熱心にピアノの中を覗き込んでいて、ボルトの位置を測定するのを手伝ってもらったりしました。
横山プリペアド・ピアノは弦と弦の間にネジやゴムを挟み込んで、ピアノの音色を変える手法。低い音域は、鐘のような音になります。ゴムシートを小さく切り出したものを挟むと、弦をミュートした状態になるので、ポコっという太鼓のような音が出ます。ものを挟む位置はジョン・ケージによって細かく指示されています。 プリペアド・ピアノの録音は数多く存在していますが、生のピアノで聴くことはまったく別の体験。後半の演奏会ではこのピアノを使ってジョン・ケージの《ソナタとインターリュード》を演奏しました。長年、この作品を愛して、何十種類ものCDをコレクションしているしているケージファン、専門家の人ですら、生演奏で聞いたのは初めてだと明かしていました。 弦が3本あるところに1本のボルトを挟むと、ボルトに接している2本の弦はピアノの音とは異なるとても伸びやかな音を出します。一方で残りの1本はピアノの音が出るので、鍵盤を押したときには2種類の音が同時に鳴ります。 ものを挟んだ弦は音程も変わるのでハーモニーと倍音も生まれます。それらが混じり合い、一人でピアノを弾いているのに、一人の演奏とは聴こえない、まるでインドネシアのガムランや打楽器アンサンブルのような、とにかく神秘的で、非日常的な響きになるんです。
——昨年、逝去された調律師の岩崎俊さんが残されたネジやボルトを使われたそうですね。
横山作業はもちろん丁寧に行いますが、ピアノに与えるダメージがゼロではありません。岩崎さんは山下洋輔さんらの調律を担当されていた超一流調律師。同時にプリペアド・ピアノにも強い愛着をお持ちで、ピアノを傷めないようにするために、錫製のボルトやネジを職人さんに依頼して大量に作られていたのです。 この会ではこのネジやボルトを使わせていただくことができました。一本一本、手作りの鋳物のネジを使ったプリペアド・ピアノ。こんな事は、きっと世界でも初めてのことだと思います。誰よりもまず、岩崎さんに聴いていただきたかった。でも、それは叶いませんでした。けれども今回、日本におけるジョン・ケージ作品の生き字引ともいえる高橋悠治さんと高橋アキさんが、耳を傾けてくださいました。私にとっても、お客様にとっても、かけがえのない時間だったと思います。
——5月11日にはヒルサイドテラスで『Arts in Everyday 2025 - ジョン・ケージとオノ・ヨーコ』が開催されます。
ジョン・ケージとオノ・ヨーコ Arts in Everyday 2025
日時:2025年5月11日(日) 16:00開演
場所:代官山ヒルサイドプラザホール(東京都)
詳細 : https://www.concertsquare.jp/blog/2025/202502067.html
ジョン・ケージが初来日し、一柳慧とオノ・ヨーコのために《0分00秒》を作曲した1962年の東京。 オノ・ヨーコ(92)はケージの通訳を務めながら、彼の偶然性の音楽と“行為”の革新を間近で体験し「演奏」した。 そして2025年、彼女の代表作《CUT PIECE》がこのイベントのシンボルとして上演される。 ケージが探求した“音”と“行為”の革新、偶然性の音楽。 ヨーコが切り拓いたインタラクティブアートの実験性。 60年の時を経て、前衛は今、新たな次元へ。
西村ケージがどんな作曲家か、改めて彼の経歴に即しつつご説明すると、師匠のシェーンベルクから和声感覚に乏しいことを指摘され、それでも音楽を続けることを選んだ作曲家だということです。 父親が発明家だったことにも象徴されますが、彼自身もアイデアが豊富で、プリペアド・ピアノ然り、周囲の環境音までもを音楽とする《4分33秒》や、「偶然性の音楽」として易経占いを用いたり、木目や紙についた汚れや天体の配置を音符に見立てたりといった、生活の中にあるものを音楽と結びつけることもコンセプトとしていました。 僕も日頃、生活がテーマとなる音楽活動をしているので、ケージをテーマにされている横山さんと僕の活動を一緒にできたらということを起点に、ケージに影響を与えたオノ・ヨーコにも興味が広がっていきました。そして最終的に、ジョン・ケージとオノ・ヨーコの二人を柱にすることにしたのです。
横山今回の公演では二人の作品を、僕と西村さんが演奏し、コンテンポラリーダンス集団「身体バンド水面下」がパフォーマンスをし、美術と衣装を村上美知瑠さんが担当します。
横山注目作品ばかりですが、中でも《4分33秒》はケージの代表曲であり、歴史的な名曲。コンサートの本編ではなく、アンコールなんかで軽々しく取り上げられていることが多く見受けられますが、本来は音楽の概念を覆した歴史的重要作品として、本編で扱うべきものだと僕は考えています。
——《4分33秒》は、現代において初演のインパクト以上のものを生むことは難しいのではないかと思うのですが、どのような期待があって取り上げられるのでしょうか?
横山期待するもの?僕自身は他のクラシック音楽の作品と同様に、“名曲だから”という理由に尽きます。毎回違う風に弾けますし、お客様にはいつも喜ばれます。
西村なぜ《4分33秒》の再演に価値があるのかということについては、音楽美学者の庄野進さんの著書『聴取の詩学』における理論も理解の助けになります。 一般的な方法で作曲された楽曲を聴く上で、作曲家と聴衆のどちらが創造的かといったら、それは作曲家です。しかし、それが逆になる場合があって、それが《4分33秒》であるということなのです。会場でピアニストは何もせず、シンボルとしてピアノの前に座りますが、その場の聴衆が自分の耳で聴いた音が脳内で初めて音楽として意味を持ちます。 つまり、クリエイションはそれぞれの人によって行われているというある意味でワークショップのような、参加によって成立する作品なんです。だからCDで聴いても意味がない。その場に行って体験して、何度でもその楽しさを味わってほしいと思います。
——40年代のプリペアド・ピアノ作品を経て、《4分33秒》は50年代の作品。1月の公演と合わせてケージの歴史をたどることもできますね。ケージの《0分00秒》とオノ・ヨーコの《グレープフルーツ》《カット・ピース》についても教えてください。
横山1962年にケージが来日した際にコンサートが開かれました。当時の日本人の聴衆にとってはあまりに前衛的な内容過ぎて、戸惑いの声も上がったそうです。そのプログラムに含まれていたのが《0分00秒》。楽譜には「あれをしなさい、これをしなさい」と動作の指示があり、鉛筆で文字を書く音やメガネを調節する音など、普段の動作の中にある何気ない音を大きなスピーカーで聞かせる作品です。
西村楽器の練習を毎日する人もいるけれど、例えば人は皆、毎日歯を磨いているので、その動作はものすごく習熟されている。言い換えれば、熟達した歯磨きの演奏を毎日行っているのです。それを価値あるものとして、舞台上で歯磨きの音を聞かせてみたらそれはもう音楽なのではないか、というコンセプトなのです。 オノ・ヨーコの《グレープフルーツ》《カット・ピース》も同様に、「〜しなさい」という指示に従うパフォーマンスです。こういったジャンルを「インストラクション・アート(指示芸術)」と呼ぶのですが、《グレープフルーツ》の中にはなかなか荒唐無稽な指示も含まれていて、それらを実際に見られる貴重な機会にもなると思います。
——横山さんと西村さんの他にも、コンテンポラリーダンスの「身体バンド水面下」も登場する豪華な公演です。村上さんの衣装にも注目ですね。
村上今回は衣装と美術を通して、公演自体の「環境作り」のようなことを意識して取り組んでいます。 「ヒルサイドプラザ」という通常のコンサートホールとは異なるフラットな空間を会場にできたことは、まず何よりも大きな要素で。その特性を活かしつつ、演者と聴衆という一方的な構図にならないような場にしたいと考えています。
横山公演で扱うのは、1960年代の作品。200年以上前のヨーロッパの音楽に比べれば、ほんの少し前の時代の音楽なのに、まだまだ知らないことばかりです。 ヒルサイドプラザを内包する代官山ヒルサイドテラスは、1960年代に計画が立てられ、ヒルサイドプラザは1987年に完成しました。これらは、建築家・槇文彦氏※1の代表作であり、建築と芸術の境界を豊かに横断する空間として高く評価されてきました。その静謐で知的なデザイン思想は、今なお世界中の建築家たちに深い影響を与え続けています。音響設計は、永田穂氏※2が担当しました。 その空間に、神宮前のGALLERY360°さんによるフルクサス関連作品や、オノ・ヨーコのサイン入りポスター・書籍などの「出張」展示販売も予定されています。 我々のパフォーマンスや村上美知瑠さんの美術、そして槇建築が一体となった空間全体を、ぜひお楽しみください。 ※1 槇文彦(1928–2024):建築家。代表作に代官山ヒルサイドテラス、幕張メッセ、ニューヨーク4ワールドトレードセンターなど。 ※2 永田穂(1931–2023):音響設計家。代表作にサントリーホール、東京芸術劇場、パリ・フィルハーモニーなど。
ピアニスト、チェンバリスト
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています