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あなたの「日常」が芸術になる——ジョン・ケージとオノ・ヨーコ、60年後の「現在」

2025/04/25

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古楽と現代音楽(現代クラシック音楽)の鍵盤楽器奏者である横山博さん。他ジャンルのアーティストとの共演を企画し、新しい音楽体験づくりに取り組まれている。

1月には両国門天ホールでプリペアド・ピアノのワークショップとリサイタルを開催。そして5月にはジョン・ケージとオノ・ヨーコ作品を組み合わせた『Arts in Everyday 2025 - ジョン・ケージとオノ・ヨーコ 』を開催する。総合演出に、西村直晃さん、衣装・美術に村上美知瑠を迎え、音楽、視覚が研ぎ澄まされる、特別な一日になるだろう。

本記事では、横山さんが取り組まれているプリペアド・ピアノとジョン・ケージの魅力、そして5月の公演のコンセプトと見どころについてうかがった。

横山博
1981年6月30日生まれ。ジョン・ケージ《ソナタとインターリュード》のアルバムは、日本、アメリカ、ヨーロッパで話題を呼び、Apple MusicやSpotifyで再生数を伸ばし続けている。
ECRIT-O誌は「史実に基づいた横山の演奏が、アメリカ実験音楽を刷新した」と評している。古楽分野では、ヨハン・パッヘルベル《アポロンの六弦琴》全曲をパイプオルガンで日本初演。
日本バッハコンクール全国大会審査員、立教大学合唱団トリニティコールピアニスト、カトリック松が峰教会オルガニスト。日本大学芸術学部長賞受賞。湯川制賞受賞。グラスゴー大学(イギリス)大学院でJohn Butt氏の音楽学クラスに参加し、スマラノ・オルガン・アカデミー(イタリア)修了。

——横山さんはジョン・ケージ作品に取り組まれています。今年1月にはプリペアド・ピアノのプレパレーション(ピアノ内部にネジやゴムを挟み込む作業のこと)の見学ワークショップを行われたそうですね。

横山本来は舞台裏の仕込み作業ですし、見せびらかすものではないとも思いましたが、予想以上に、たくさんの方がご来場くださり、ジョン・ケージに対する関心がまだまだ健在なのだということに驚きました。特に、若い方たちが、熱心にピアノの中を覗き込んでいて、ボルトの位置を測定するのを手伝ってもらったりしました。

プレパレーション中の西村さん(奥)と横山さん(手前)。
細かい指示があり、すべての作業を終えるには数時間を要する。使用するピアノもスタインウェイでなければならない。

横山プリペアド・ピアノは弦と弦の間にネジやゴムを挟み込んで、ピアノの音色を変える手法。低い音域は、鐘のような音になります。ゴムシートを小さく切り出したものを挟むと、弦をミュートした状態になるので、ポコっという太鼓のような音が出ます。ものを挟む位置はジョン・ケージによって細かく指示されています。

プリペアド・ピアノの録音は数多く存在していますが、生のピアノで聴くことはまったく別の体験。後半の演奏会ではこのピアノを使ってジョン・ケージの《ソナタとインターリュード》を演奏しました。長年、この作品を愛して、何十種類ものCDをコレクションしているしているケージファン、専門家の人ですら、生演奏で聞いたのは初めてだと明かしていました。

弦が3本あるところに1本のボルトを挟むと、ボルトに接している2本の弦はピアノの音とは異なるとても伸びやかな音を出します。一方で残りの1本はピアノの音が出るので、鍵盤を押したときには2種類の音が同時に鳴ります。

ものを挟んだ弦は音程も変わるのでハーモニーと倍音も生まれます。それらが混じり合い、一人でピアノを弾いているのに、一人の演奏とは聴こえない、まるでインドネシアのガムランや打楽器アンサンブルのような、とにかく神秘的で、非日常的な響きになるんです。

——昨年、逝去された調律師の岩崎俊さんが残されたネジやボルトを使われたそうですね。

横山作業はもちろん丁寧に行いますが、ピアノに与えるダメージがゼロではありません。岩崎さんは山下洋輔さんらの調律を担当されていた超一流調律師。同時にプリペアド・ピアノにも強い愛着をお持ちで、ピアノを傷めないようにするために、錫製のボルトやネジを職人さんに依頼して大量に作られていたのです。

この会ではこのネジやボルトを使わせていただくことができました。一本一本、手作りの鋳物のネジを使ったプリペアド・ピアノ。こんな事は、きっと世界でも初めてのことだと思います。誰よりもまず、岩崎さんに聴いていただきたかった。でも、それは叶いませんでした。けれども今回、日本におけるジョン・ケージ作品の生き字引ともいえる高橋悠治さんと高橋アキさんが、耳を傾けてくださいました。私にとっても、お客様にとっても、かけがえのない時間だったと思います。

プレパレーションは岩崎さんの元同僚の調律師・磯村さん立ち会いのもと、横山さん、西村さんで実施された。

——5月11日にはヒルサイドテラスで『Arts in Everyday 2025 - ジョン・ケージとオノ・ヨーコ』が開催されます。

ジョン・ケージとオノ・ヨーコ Arts in Everyday 2025

日時:2025年5月11日(日) 16:00開演

場所:代官山ヒルサイドプラザホール(東京都)

詳細 : https://www.concertsquare.jp/blog/2025/202502067.html


ジョン・ケージが初来日し、一柳慧とオノ・ヨーコのために《0分00秒》を作曲した1962年の東京。
オノ・ヨーコ(92)はケージの通訳を務めながら、彼の偶然性の音楽と“行為”の革新を間近で体験し「演奏」した。

そして2025年、彼女の代表作《CUT PIECE》がこのイベントのシンボルとして上演される。

ケージが探求した“音”と“行為”の革新、偶然性の音楽。 ヨーコが切り拓いたインタラクティブアートの実験性。

60年の時を経て、前衛は今、新たな次元へ。

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西村ケージがどんな作曲家か、改めて彼の経歴に即しつつご説明すると、師匠のシェーンベルクから和声感覚に乏しいことを指摘され、それでも音楽を続けることを選んだ作曲家だということです。

父親が発明家だったことにも象徴されますが、彼自身もアイデアが豊富で、プリペアド・ピアノ然り、周囲の環境音までもを音楽とする《4分33秒》や、「偶然性の音楽」として易経占いを用いたり、木目や紙についた汚れや天体の配置を音符に見立てたりといった、生活の中にあるものを音楽と結びつけることもコンセプトとしていました。

僕も日頃、生活がテーマとなる音楽活動をしているので、ケージをテーマにされている横山さんと僕の活動を一緒にできたらということを起点に、ケージに影響を与えたオノ・ヨーコにも興味が広がっていきました。そして最終的に、ジョン・ケージとオノ・ヨーコの二人を柱にすることにしたのです。

横山今回の公演では二人の作品を、僕と西村さんが演奏し、コンテンポラリーダンス集団「身体バンド水面下」がパフォーマンスをし、美術と衣装を村上美知瑠さんが担当します。

西村直晃
1990年 東京都生まれ。音楽家。のこぎり演奏家。
〝電線の上の鳥〟〝駅のタイル〟〝クリニックの休診日看板〟など、街歩きを通して日常風景中の物の形状や法則性から〝偶然の音〟を見出す観測・発表を続けている。
Eテレ『あそビーバー』内〈せかいをプレイ〉にて音楽・映像の原案・監修、『みいつけた!』内〈おんがくも〉では音楽指導を担当。NHK『ドキュメント 20min.』〈日常にドレミを〉出演。テレビ朝日系『タモリ楽部』〈街には楽譜があふれてる!偶然日常音楽祭〉出演。
全国で、その地域と音楽自体をも再発見するような〝街歩き+音楽〟のワークショップ講師業も意欲的に行なっている。
のこぎり奏者として音楽家・トクマルシューゴ氏のサポートや、のこぎり三重奏〝のこぎりバンド〟でも活動中。

村上美知瑠
国際基督教大学卒業後、フィンランドへ渡り、ニューヨークに居住。布を使用した作品の製作を始める。

ニューヨーク州立ファッション工科大学(F.I.T)在学中、マシュー・バーニーとビョークが協働したフィルム作品『拘束のドローイング9』の衣装を担当。帰国後、川村美紀子やtantanらのコンテンポラリーダンス衣装を手がける。ほか、岩井俊二監督が率いるバンド「ヘクとパスカル」の衣装や「UNHCR難民映画祭」でのパフォーマンス衣装などへと製作の幅を広げる。原宿「バラ色の帽子」でのデザインにも携わる。2021年「Sleeptravelling」名義で自身の企画ブランドを始動。

横山注目作品ばかりですが、中でも《4分33秒》はケージの代表曲であり、歴史的な名曲。コンサートの本編ではなく、アンコールなんかで軽々しく取り上げられていることが多く見受けられますが、本来は音楽の概念を覆した歴史的重要作品として、本編で扱うべきものだと僕は考えています。

——《4分33秒》は、現代において初演のインパクト以上のものを生むことは難しいのではないかと思うのですが、どのような期待があって取り上げられるのでしょうか?

横山期待するもの?僕自身は他のクラシック音楽の作品と同様に、“名曲だから”という理由に尽きます。毎回違う風に弾けますし、お客様にはいつも喜ばれます。

西村なぜ《4分33秒》の再演に価値があるのかということについては、音楽美学者の庄野進さんの著書『聴取の詩学』における理論も理解の助けになります。

一般的な方法で作曲された楽曲を聴く上で、作曲家と聴衆のどちらが創造的かといったら、それは作曲家です。しかし、それが逆になる場合があって、それが《4分33秒》であるということなのです。会場でピアニストは何もせず、シンボルとしてピアノの前に座りますが、その場の聴衆が自分の耳で聴いた音が脳内で初めて音楽として意味を持ちます。

つまり、クリエイションはそれぞれの人によって行われているというある意味でワークショップのような、参加によって成立する作品なんです。だからCDで聴いても意味がない。その場に行って体験して、何度でもその楽しさを味わってほしいと思います。

——40年代のプリペアド・ピアノ作品を経て、《4分33秒》は50年代の作品。1月の公演と合わせてケージの歴史をたどることもできますね。ケージの《0分00秒》とオノ・ヨーコの《グレープフルーツ》《カット・ピース》についても教えてください。

横山1962年にケージが来日した際にコンサートが開かれました。当時の日本人の聴衆にとってはあまりに前衛的な内容過ぎて、戸惑いの声も上がったそうです。そのプログラムに含まれていたのが《0分00秒》。楽譜には「あれをしなさい、これをしなさい」と動作の指示があり、鉛筆で文字を書く音やメガネを調節する音など、普段の動作の中にある何気ない音を大きなスピーカーで聞かせる作品です。

1962年、ケージ来日時のコンサートの様子。ピアノの上に寝そべるのがオノ・ヨーコ。
写真左からデヴィッド・チュードア、小野洋子。作品不明。

西村楽器の練習を毎日する人もいるけれど、例えば人は皆、毎日歯を磨いているので、その動作はものすごく習熟されている。言い換えれば、熟達した歯磨きの演奏を毎日行っているのです。それを価値あるものとして、舞台上で歯磨きの音を聞かせてみたらそれはもう音楽なのではないか、というコンセプトなのです。

オノ・ヨーコの《グレープフルーツ》《カット・ピース》も同様に、「〜しなさい」という指示に従うパフォーマンスです。こういったジャンルを「インストラクション・アート(指示芸術)」と呼ぶのですが、《グレープフルーツ》の中にはなかなか荒唐無稽な指示も含まれていて、それらを実際に見られる貴重な機会にもなると思います。

オノ・ヨーコの『グレープフルーツ』

——横山さんと西村さんの他にも、コンテンポラリーダンスの「身体バンド水面下」も登場する豪華な公演です。村上さんの衣装にも注目ですね。

村上今回は衣装と美術を通して、公演自体の「環境作り」のようなことを意識して取り組んでいます。

「ヒルサイドプラザ」という通常のコンサートホールとは異なるフラットな空間を会場にできたことは、まず何よりも大きな要素で。その特性を活かしつつ、演者と聴衆という一方的な構図にならないような場にしたいと考えています。

横山公演で扱うのは、1960年代の作品。200年以上前のヨーロッパの音楽に比べれば、ほんの少し前の時代の音楽なのに、まだまだ知らないことばかりです。

ヒルサイドプラザを内包する代官山ヒルサイドテラスは、1960年代に計画が立てられ、ヒルサイドプラザは1987年に完成しました。これらは、建築家・槇文彦氏※1の代表作であり、建築と芸術の境界を豊かに横断する空間として高く評価されてきました。その静謐で知的なデザイン思想は、今なお世界中の建築家たちに深い影響を与え続けています。音響設計は、永田穂氏※2が担当しました。

その空間に、神宮前のGALLERY360°さんによるフルクサス関連作品や、オノ・ヨーコのサイン入りポスター・書籍などの「出張」展示販売も予定されています。

我々のパフォーマンスや村上美知瑠さんの美術、そして槇建築が一体となった空間全体を、ぜひお楽しみください。

※1 槇文彦(1928–2024):建築家。代表作に代官山ヒルサイドテラス、幕張メッセ、ニューヨーク4ワールドトレードセンターなど。
※2 永田穂(1931–2023):音響設計家。代表作にサントリーホール、東京芸術劇場、パリ・フィルハーモニーなど。

会場となるヒルサイドプラザ内観(撮影:横山博)
助成:
公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】
公益財団法人朝日新聞文化財団

協力:
ヒルサイドテラス(朝倉不動産)
GALLERY 360°
OMEGA POINT

資料提供:
一般社団法人草月会館
慶應義塾大学アート・センター

写真提供:
吉岡久美子

衣装協力:
株式会社ワコール、スパイラル/株式会社ワコールアートセンター
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横山博

ピアニスト、チェンバリスト

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コンサートスクウェア事務局

中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています