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2024/08/15
2018年にポーランド・ワルシャワで行われた「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」をきっかけにその歴史的、音楽的価値が見直されつつあるピリオド(=作曲された“時代”の)楽器。早川奈穂子さんは近年、ピリオド楽器を研究され、なかでもショパンが愛したプレイエル社製のピアノを用いた演奏会を2021年から主催している。早川さんにプレイエルでショパンを演奏することで得られる発見や、10月22日に兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホールで行われるコンサートについてお話を伺った。
——早川さんとプレイエルとの出逢いを教えてください。
早川2017年にプレイエルを使ったレコーディングに誘われたのをきっかけに勉強を始めました。見た目はモダンピアノ(現代のピアノ)と変わらないのに、タッチが格段に軽く、音量、音色の違いに最初は戸惑いました。 特にショパンが愛した楽器のはずなのに、ショパンを弾いてもなんだかあまりパッとしないのです。音量が全体的に小さく、高音はモダンピアノのような大きさでは鳴らず、一方で中音域はよく鳴り歌う。そして低音域は雷のような濁った音がします。これまでモダンピアノで思い描いていたショパンの理想的な演奏とは異なるものが表れてしまい、どうしたらよいのかわかりませんでした。 しかし、チェンバロまで遡って勉強をしていくうちに、自分のタッチをもっと繊細にし、また、モダンピアノでの音楽概念を捨てなければならないということにいき当たりました。それからモーツァルト、シューベルトの時代のフォルテピアノを経てプレイエルを弾くと、私が今まで理想としてきたショパンの音楽とは一味違った、新たなショパンの音楽が見えてきて「これは面白い」と思えるようになったのです。
——具体的にどのような発見がありましたか?
早川ショパンが楽譜に記した記号がプレイエル上だとより有効的で、より理解できるようになりました。例えば、クレッシェンドの意味。「<」の記号と「cresc」とでは意味が異なります。「<」はルバートの意味を含んでいるのです。これは当時のピアノは音がすぐに減衰し、デュナーミク(音量)の範囲も狭い特性があるため、テンポを揺らして音をよく聴かせたり、呼吸しているようなニュアンスで弾く必要がよりあるという発見がありました。それは声楽の方々がしている表現ととても似ています。
——楽器の特性を知ることで演奏のさらに細かいニュアンスが見えてきたのですね。
早川以前より、ショパンの意図をもっと知りたくて手稿譜もよく確認していたのですが、フォルテピアノに携わる様になってからは、特にペダリングについてさまざまな発見がありました。 1800年代のプレイエルは、音を止めるダンパーがとても軽いので、鍵盤から指を離してもわずかに残響があります。一方、モダンピアノはダンパーがしっかり弦を抑えるのでプレイエルほど音は残りません。プレイエルの音の残りかたは、小さく、耳に心地よい程度に残るので、ペダルを踏まなくても音がつながる箇所が数多くあるのです。 しかし現代では、ショパンがペダル記号を「省略した」と解釈され、奏者によりペダルが追加される箇所が多くあります。でも、プレイエルでは多すぎるペダルでは音がロマンティックになり過ぎてしまったり、輪郭や構成がぼやけてしまうことがあるのです。また、フォルテの当時の概念も、もっとドライで力強い場合もあったりし、ショパンもあえてペダルを使わない事が多く、それは19世紀の弦楽器のビブラートにも共通する概念であったことも文献より見えてきました。 反対にペダルを使うと音が複雑に響いて、心のもやもやや、どうしようもならない感情のうねりが表現できます。しかし一つ一つの音は減衰が早いので、ちゃんと聴こえてくるのです。
——それを知っているとモダンピアノでのショパン演奏の仕方も変わってきそうですね。
早川そうですね。モダンピアノでは薄く踏むようにしたり、ペダル記号がないところでもほんの少しだけ使ったりしています。 そもそもノーペダルの表記を確認しはじめたきっかけは、プレイエルの持ち主でもある夫から、「なぜ多くのピアニストはショパンの指示通りにペダルを踏まないの?」と尋ねられたことでした。「そんなことはないと思うけど……」と思いましたが、改めて楽譜を確認したらその通りでした。 踏む箇所、離す箇所は書かれた通りに守っていても、ショパンがペダル記号を書いていない箇所をノーペダルに守っていなかった。これは盲点で、目からウロコの発見でした。 また、モダンピアノでは高音の小指(外声)を主に聴かせるようにと教わると思うのですが、プレイエルは特性上高音の鳴りが弱いので、中低音をメインに旋律を運び、高音は倍音として鳴らす弾き方になります。そういったバランスの違いをモダンピアノに取り入れたりもするようになりました。
——10月22日のプレイエルでショパンを弾くコンサートシリーズは、2021年に始められて早くも第4回ですね。来場者の方々からはこれまでにどのような反応がありましたか?
早川私自身がそうだったように、最初は戸惑うかたもいらっしゃいました。特に日頃からピアノに馴染み深い音楽家ほど驚かれている様子でした。「この音のバランスで合っているの?」とか、プレイエルには蓋が2枚あり、音を響かせるための内側の蓋もあるのですが、それを「開けたほうがいいのでは?」と質問されることもありました。 反対に、ピアノを弾いていらっしゃらないかたのほうがスムーズに受け入れられることが多く、その反応も興味深かったです。普段、ショパンの曲で踊ることが多いバレリーナのかたは、「まったく違う曲のように聴こえ、ショパンに納得がいった」とお話されていました。 最初は戸惑われていたかたも2回、3回と聴きに来ていただくうちに、「音が大きくなったように聴こえた」とおっしゃられたんです。初めて聴いたときは、耳を澄まさないといけなかったのが、次第に耳も慣れてさまざまな響きを聴き取れるようになったそうです。まるで耳そのものが変わるような、「ピアノはこういう音なんだ」と思い込んでいた印象がひとたび切り替われば、その感覚で聴けるようになるようです。
——会場は兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール。417席という親密な空間でプレイエルの音を堪能できそうですね。
早川プログラムはショパンの《24の前奏曲》を中心に添えたプログラムです。この作品も手稿譜と照らし合わせながら練習中です。つい先日も、いわゆる原典版とされている版と手稿譜とを見比べていたらペダルの位置が異なることがわかり、それに伴ってフレージングを変えると弾きやすいことはもちろん、フレーズがより生き生きするという発見がありました。
——ゲストの佐藤一紀(ヴァイオリン)さんとは、ポーリーヌ・ヴィアルド《ヴァイオリンとピアノのための6つの作品》と、プレイエルでのソロではグルッグ(ベルリオーズ編)《オルフェオとエウリディーチェ》の「間奏曲」も演奏されますね。
早川《24の前奏曲》が作曲されたのはスペインのマヨルカ島。そこでスペインの作品も入れたいと考え、ショパンと親交があったポーリーヌ・ヴィアルドの作品を選びました。彼女はスペイン人の歌手で、ベルリオーズが編曲した《オルフェオとエウリディーチェ》では初演を務めていたので、そういう関連をもたせての選曲です。 佐藤さんは古楽奏法をフランスで研究され当日もガット弦を使用されるので、プレイエルとの相性もきっと良いのではないかと期待しています。ヴァイオリンの古楽奏法は、現代とはビブラートのかけかたやアーティキュレーションが異なるので、佐藤さんはモダンとピリオド楽器の特性の違いや音楽づくりの違いを体感で知っていらっしゃいます。共演を今から心待ちにしています。 (取材・構成/東ゆか)
早川奈穂子フォルテピアノリサイタル プレイエルとショパンの物語vol.4 〜異国の風
日時:2024年10月22日(火) 19:00開演
場所:兵庫県立芸術文化センター 神戸女学院小ホール
コンサート詳細 : https://www.concertsquare.jp/blog/2024/2024040956.html
概要
イギリスと日本を往復するフォルテピアノ奏者早川奈穂子によるプレイエル1845年製を使用してのコンサート。早川はフォルテピアノを所有し、譜読みの時点から、当時の楽器とそのタッチで当時の音楽を紐解いてゆく。
音楽事務所
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています