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2024/10/25
一般的に「成熟した」と訳される「mature = マチュア」。マチュアパーカッションを標榜する田中覚さんは、調子を崩した打楽器を根治的リペアによってよみがえらせる、いわば打楽器のドクターみたいな存在。実は多くはない打楽器専門の修理業者として活躍する田中さんにお話を聞きました。
——キャリアの最初は、楽器店に就職されたんですよね。
田中中学から吹奏楽に打ち込み、大学時代は吹奏楽やオーケストラで演奏していました。卒業にあたり、「楽器と近い場所に」と打楽器の専門店に就職しました。 楽器の修理をすることもありましたが、社内の先輩は有能でしたがそれ故にある種「感覚的」な直し方だったので最低限なマニュアル的なこと以外はきちんと教わることができず、自分なりに楽器の構造を勉強したり楽器やメーカーごとの壊れ方のパターンを理解したりしながら半ば独学で修理の方法を身に着けていきました。 今、自分の会社でリペアを扱っているのは、いわゆる「コンサートパーカッション」と呼ばれる、オーケストラ、吹奏楽、管弦楽などで演奏される打楽器のリペアやヘッド交換、ティンパニやバスドラムマレットのフェルト巻き直しが中心です。
——独立されたのは、どれくらい経ってからですか。
田中14年半ほど勤めてからですね。打楽器、特にティンパニはうまくメンテナンスしていけば50年とか100年とか使い続けられるのですが楽器店は基本的に「売るのが仕事」なのであまり徹底的なメンテに時間も割けませんでした。 その上、もっと演奏にも携わっていたいと思う様になっていたし、根本的本質的なリペアをするためにも演奏に携わり続けていないとダメだなと感じたので楽器販売店を飛び出しました。 打楽器は管楽器や弦楽器と違いアマチュアだと個人で所有することがほとんどなく、たいていは学校などで買ったものを使う形です。そのためあまり大切に扱われなかったりして、いつの間にか音と機能が悪くなり「壊れたら直さず買い替える」ということになりやすいんです。 そして楽器店も学校はある意味お得意様なので、「直しますよ」というよりは「買い替えましょう」という方向にもっていきがちですし、そういう仕組みに顧問の先生方も慣れてしまっているところがあります。
——打楽器の立場、のようなものも影響していますか?
田中そうですね。打楽器は「叩けば音が出る」楽器なのでとても簡単に思われる事が多く、実際に教育現場でも管弦が出来ない子供が楽器に導入するきっかけとしても用いられています。 それ故に「シンプル=イージー」という図式も成り立ちやすいのですが、冷静に考えてみると雑音成分が強い音色の打楽器を管弦のハーモニーの中に入れて違和感なく音楽を進行し続ける事は意外に難しいと思えるのです。 特に調整やチューニングによってそのコンディションが大きく変わる膜鳴楽器は「音楽の邪魔をしていないけれど楽譜に書かれた事をちゃんと主張してその役割を果たせる状態」になっているか否かがオケやバンド全体の演奏のクオリティに大きく関わっていると強く感じています。 それらをお客様から自発的にリクエスト頂けると良いのですがそうはならない事も多いです。ですがそこで諦めないで楽器を整備調整し「変化した打音そのもの」によって少しでも理解して頂ける様に願いを込めて調整しています。
——打楽器ならではの難しさがありますね。リペアは現時点では出張修理がメインなんでしょうか。
田中現状はそうですね。学校や、練習会場、ホールに出向いて直す形が多いです。部活動ではほぼ毎日使っている学校もありますし大きい楽器も多数ありますので、現地に伺って可能な限り元の楽器の性能を取り戻す事を課題にしながらリペアしています。それはお客様の楽器移動経費と練習不能日数の大幅な削減になりますから。 ですがそこでたまに言われるのが「預けてしっかり直してもらう方が良いんじゃない?」という言葉です。一番大事なのはそのリペアマンが出張スタイルか預けスタイルかという事ではなく 「構造を把握出来ていて直し方の知識と修理の技術を持つリペアマンか否か」 という事です。 長く預けたけど、打楽器の専門ではなかったり知識や経験が不足しているリペアマンが根本的な不具合の解決を出来ず、掃除とヘッド交換だけで楽器を戻してきて「その一ヶ月後には前と同じ不調が出てきて途方にくれている」というケースを少なからず目にしてきました。 という訳で出張でしっかり直すのが基本的な自分のスタイルなのですが、それでもたまには「時間をかけて様々な箇所を徹底的に直す必要のある楽器」にも遭遇します。決して多くはないんですが。今後は、それらのケースの楽器を預かってじっくり修理する事もできるようにと考え、工房の設立も考えています。 いずれにせよ、その楽器のポテンシャルを最大限に引き出すための修理やメンテナンスをしていくことで、お客様に演奏や音楽そのものにより深く関わりより楽しんで頂きたい、というのがこちらの思いです。
田中私のお客様は全国のプロやアマのオーケストラや吹奏楽団体そして学校(音楽の部活動)です。 少なからずの団体が金銭的なやりくりには苦労しています。リペアすれば普通(場合によっては普通以上)に使える様になる打楽器をわざわざ買い直したりしなければ、希少な管楽器を買う予算などに回せます。 結果的にそれが楽団全体のパフォーマンス向上に繋がる、という観点でもリペアマンとしてのやりがいを感じています。
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています