通知

通知はありません。
  • トップ
  • トピックス
  • サンバが語りかけてくる——音楽理論を超えたサンバの美しさ のトピックス

サンバが語りかけてくる——音楽理論を超えたサンバの美しさ

2025/03/26

  • Outer Link Icon

クラシックとジャズの素養をもち、サンバに心惹かれてリオ・デ・ジャネイロへと渡った加々美淳さん。それまで学んだ西洋音楽の理論を裏切りながらも、ポルトガル語のリズムや、グルーヴ感が生む独自の美しさの虜になり、現地のミュージシャンたちと一緒に40 年以上にわたり音楽活動をされてきました。

日本人に届けたい、サンバの魅力、そしてその背景にあるブラジルの魅力についてお聞きしました。

©Katsuhiro Ichikawa

加々美淳
バークリー音楽大学、ロンドン王立音楽大学で学んだのち、ブラジル・マルセロ・トゥピナンバ音楽大学でブラジル音楽を研究。リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロを中心に音楽活動を始め、アントニオ・カルロス・ジョビン、エリゼッチ・カルトーゾ他、数々の音楽家と交流を深める。現地での演奏活動はもちろん、TVやラジオ等へも多数出演する。
日本帰国後、メルシャン、リプトン、森永乳業、丸井など、数多くの企業CM制作に携わる。また、坂本龍一、小室哲哉、日向敏文、THE BOOMなど多数のアーティストのレコーディングに招かれる。
自身のグループ XÁCARA(シャカラ)では、CBS SONY・SONY RECORD等から5枚のオリジナルアルバムをリリースしている。 

2003年から制作の拠点をリオ・デ・ジャネイロに移し、数々のアーティストのプロデュースや楽曲アレンジほか、自身のソロアルバムもリリース。リオのアーティストとの共演を中心に、ヨーロッパやアジアでの海外公演も行う。
2011年からは、それまでの音楽活動に疑問を抱き演奏活動を制限。恩師ジョルジーニョ・ド・パンデイロの教えを深く追求することに専念する。
2019年、駐日ブラジル大使館からの依頼でソロコンサートを開始。2025年現在も、同大使館後援のコンサート活動を精力的に展開し、サンバの芸術性と可能性を追求し続けている。

サンバに惹かれてリオ・デ・ジャネイロへ

リオのラジオ局”ラジオナショナル”での公開生放送の様子。右端は、師匠ジョルジーニョ・ド・パンデイロ。

——加々美さんが演奏されている「サンバ」とはどのような音楽ですか?

加々美ブラジル音楽のなかの一ジャンルです。ブラジル音楽の種類は幅広く、特に有名なのがサンバとボサノヴァ。この2つはリオ・デ・ジャネイロとサンパウロ周辺を中心に発展した音楽で、地方には全く別の音楽があります。

——「サンバ=カーニバル」のイメージで、踊りの音楽というイメージがあります。

加々美もちろんサンバで踊る方たちもいますね。カーニバルのサンバはサンバ・ジ・エンヘード。他にもゆっくりした静かなサンバ・カンソンというジャンルもあり、そのなかにボサノヴァがあります。だからボサノヴァもサンバの一つなんですよ。

僕自身はボサノヴァからサンバに入り、その奥深さの虜になってしまいました。リオ・デ・ジャネイロで活動したのち、現在は日本で演奏活動をしています。

——もともとボストンのバークリー音楽大学でジャズを学び、ロンドンの王立音楽院では中世音楽を学ばれていたそうですね。

加々美僕のバークリーの先生がブラジル音楽のファンで、いろいろと教えてくれました。そのときはそれほど興味がわきませんでしたが、先生が編曲したジャズ作品のサンババージョンは面白いと思っていました。

そのときからサンバとジャズの違いに興味をもち、いろいろと調べていくうちにサンバはクラシックの影響を強く受けていることに気づいたんです。その後8カ月間ぐらい王立音楽院で学びましたが、サンバに本格的に惹かれていたのでブラジルへ渡りました。

——ピアノを弾かれていたそうですが、いつ頃ギターで演奏されるようになったのでしょうか?

加々美渡伯した1981年当時、ブラジル国内でピアノは珍しく、大学や裕福な家にしか置かれていなかったんです。一方、ギターはあちこちに弾く人がいて、僕は子どものころから弾いていたギターを持ち歩くようになりました。そうすると行った先でなにかが起きるんですね。それが楽しかったです。

——地元の方々と盛り上がったり……といったことですか?

加々美そうですね。ちょっと弾いていると人が集まってきて、みんなサンバが好きだから盛り上がっちゃう。あるとき、いつもように公園で騒がしくしていたら、「お前、日本人か?」と声をかけられて、「ちょっと来い」と事務所のようなところに連れていかれたんです。そしたらその人がどこかへ電話をかけ始めて、受話器をこちらに向けて「弾け」と言うから言われるがままに演奏したところ、そのままテレビ局に連れて行かれて、テレビ出演が決まったことがありました。

ジョルジーニョファミリーとホームパーティーでの様子

——ギターや音楽がコミュニケーションツールになったんですね。

加々美ブラジルには、たくさんいらっしゃる日系移民の方々が築いてくださった、日本人に対する信頼感があります。日本人がサンバを演奏していることが、彼らにとってはすごくうれしかったんでしょうね。だからテレビやラジオに出る機会は、暮らし始めて割とすぐに訪れましたが、今思えば「イロモノ」だったなと。「日本人がやっているから面白い」と捉えられていたのだと思います。

それから段々と、トップレベルのブラジルのミュージシャンたちとのお付き合いが始まって、彼らからいろいろと教えてもらうようになりました。

——最初は、クラシック音楽の共通点という観点からサンバやボサノヴァに興味を持たれたのだと思いますが、本格的に演奏活動にのめり込むようになったきっかけはなんでしたか?

加々美今、お話ししたように「喜んでもらえるから演奏家になることを決意した」ということでなくて、惹かれるがままに探求していったら、いつの間にか“そうなっていた”という感じかもしれません。サンバの音楽の中には、それまで大学で音楽理論を学んできた僕にとって不思議なことがたくさんあったんです。

和音の使い方、メロディーの運び方などが、教わってきた西洋音楽の理論を無視している部分が多くありました。でもその音楽は美しい。

リオ出身の作曲家でパリ音楽院の教授も務めていたヴィラ=ロボスは、里帰りをしたときにサンバの作曲家であるカルトーラを訪ね、その自作自演を聴いた際に「全部間違っている。でもなんでこんなに美しいんだ」という言葉を残したという逸話があります。僕もサンバについて同じように感じました。

つまり、「音楽って一体なんだろう?」と考えさせられたのが、ブラジルの地だったのです。理論に沿って音楽を作るのではなく、ただただ美しい音楽を作るという面白さに惹かれました。

リオでのレコーディング中のひとコマ。ジョルジーニョの息子でパンデイロ奏者のセウシーニョとは誕生日が2週間違いで親しく、今でも交流が続いている。

——ジャズとの違いはいかがでしたか?

加々美まずは僕にとって、J.S.バッハを通じて対旋律を勉強したことがサンバに役立ちました。例えばクラシックのオーケストラは、みんながメロディーを弾いて、そこにハーモニーが生まれます。和音を奏でる楽器はありません。

それに対して、フランスの近代以降、ドビュッシーやラヴェルぐらいから和声が複雑化します。その延長線上にあるのが、和音に重きを置くジャズです。

一方サンバは、バッハ的な対旋律の要素を大切にしています。一般的にサンバというとパーカッションがたくさん入ります。それらは音色や音程が豊かで、同じ楽器でも曲によって音色を変えたりと非常に音楽的です。つまり、サンバのパーカッションはリズムを刻んでいるのではなく、対旋律として存在しているのです。

——和音のジャズと対旋律のサンバ、まったく異なる音楽なのですね。

「音楽がそうしろと言っている」ブラジル人ミュージシャンの演奏美学

恩師ジョルジーニョとネウザ夫人。サンバソングブックの出版を喜んでくれた。

——現地のミュージシャンからはどのような刺激を受けましたか?

加々美師匠に言われてずっと心に留め置いている言葉があります。それは「お前は自分で演奏しようとしているがそうじゃない、その曲がお前にどう演奏してほしいか頼んでいるのかわからないのか」というものです。

自分がやりたいように演奏するのは違うのだと。曲が望む演奏を僕らがしなくちゃいけないという考え方が、ブラジルのミュージシャンにはありました。レコーディング中も、プレイバックを聴いて「もう1回やらせてくれ! 曲がそうしろと言っているんだ!」という言葉が飛び交うんです。音楽を中心に捉えているんですね。

この観点は翻って、音楽のなかでの自分の役割がわかっているということでもあります。そうすると演奏していても人と合わせるのではなく曲に合わせようとするようになる。ミックスダウンのときに一つずつ楽器を聴き返してみるとけっこうヨレヨレなんです。でも全部が合わさるとものすごいグルーヴ感が生まれている。要するに、きっちりとしたクリックに合わせたリズムにはならないということなんですね。僕の師匠が来日して日本人の演奏を聴いたときに、「みんなこんなにうまいのに、なんで正確なの?」と驚いていたんです。

——不思議な言葉ですね。

加々美つまり、音楽をリズムで考えてはいけない。グルーヴで考えろということなんですね。そして、グルーヴに合ったリズムというのが正確なリズムだということです。

そしてふと思ったのが、クラシックの指揮者もカウントを出しているわけではない。あれはグルーヴを示しているんですね。そういったところでもクラシックとの共通点を感じました。

グルーヴの源はポルトガル語

——「リズムはグルーヴのなかにある」ということですね。

加々美それに気づいたときに、行き当たったのは言語の問題です。ポルトガル語を理解することがサンバを理解することにつながりました。それも意味を持った会話として聞くのではなく、音楽として聴くとポルトガル語のリズムやグルーヴがわかってきます。

ポルトガル語は高い音、低い音の音程が豊かで、大きい音、小さい音の強弱の差も大きいです。例えば「サンバ」も、「サンb」のように最初ははっきり大きく出すけど、最後のbはすごく小さい音。こんなことがわかると、ギターの弾き方も自然と変わっていきますね。

こうしたことをブラジルで知っていくうちに、耳が開いたような、それまでの音楽の既成概念がぶち壊されたような感覚を覚えました。

——リオでご活躍されて、2011年から日本での活動が中心になりました。言語も民族性も異なる日本での活動で、どのようなことを大切して演奏されていますか?

加々美日本でアンサンブルをするとお互いに合わせようとしてしまうので、ブラジルで培った感覚、「音楽に対して自分はなにをしなければならないのか」ということを大切にしています。

また、観客の皆さんに向けては、ポルトガル語の美しさを伝えられたらと思っています。日本の皆さんはボーカルが入ったときに、意味を知りたがる方が多いのですが、言葉も音楽として聴いていただきたいです。意味がわからなくても言葉を音楽として味わうという意味ではオペラや能と近いかもしれませんね。能も、昔の人でも聞き取って意味を理解することができなかったといいますしね。

そうしたグルーヴ感を味わったり、言葉を音楽として聴いたりする感覚など、南米やブラジルの音楽の楽しみ方も知っていただきたいです。

また、音楽を通じて国民性も紹介したいですね。僕は、日本とブラジルの長所が一緒になったらいいのにと考えています。ブラジルの長所は「個」を大切にする文化であるということ。日本は人の目を気にする文化だと感じています。例えば、「人が喜ぶことをする」これは人が見ているからするのではなくて、一人一人が自分で考えて判断することです。日本人は人の目や常識に縛られすぎて、自分が思うように行動できない苦しさをもっていると思います。だからもっと「個」を大切にすべきなのではないかと思っています。

——良いことだとわかっているのに、電車でとっさに席を譲れなかったりといったことにも関係してくるかもしれませんね。

加々美そうですね。ブラジルは移民の国で人種間の差別もなく、おおらかで生きやすい国です。「ブラジルに帰りたくなりませんか?」と聞かれることがありますが、それよりも今僕は、日本においてサンバやブラジル音楽の楽しみ方や、ブラジルの素晴らしさを伝えいきたいと思っています。

——ライヴ会場で、ぜひサンバのグルーヴ感や、ブラジルの屈託のない陽気な雰囲気を感じてみたいと思います! 今日はありがとうございました。

Saudade ~郷愁を誘うサンバとファドの調べ~

日時:2025年4月20日(日) 14:00開演

場所:聖興寺(石川県)

詳細 : https://www.concertsquare.jp/blog/2025/2025013063.html


ポルトガル語を共通言語とする欧州ポルトガルと南米ブラジル。大航海時代、ブラジルはポルトガルによって植民地化されていた歴史がある。
また、日本に最初に渡来した西洋人はポルトガル人であり、今も当たり前に使用している日本語には、ポルトガル語由来の物も多い。
そんな歴史に想いを馳せながら、両国の民族歌謡であるサンバとファドを堪能できる貴重な機会です。
サンバ奏者は、1980年代よりブラジルでサンバの芸術性を探求し続けている加々美 淳。
ファド奏者は、ポルトガル人以外では珍しいファディスタとして活躍している高柳 卓也。
現地ブラジル・ポルトガルでもその名を知られる二名による、贅沢なコンサートをお楽しみください。

icon
記事の音楽家・団体の詳細はこちら
profile

加々美淳

ブラジル音楽 音楽家

編集・制作
profile

コンサートスクウェア事務局

中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています