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2025/02/21
「音楽を通じて、社会と響き合う」――彼女の言葉には、クラシック音楽の新たな可能性が込められています。 ハープ奏者の宮田悠貴さんは、演奏家としての卓越した技術と芸術性を追求しながらも、音楽と社会の関係性を常に意識し、独自の活動を展開しています。リヨン国立高等音楽院での研鑽、世界9カ国12の国際コンクールでの入賞、そしてトルコをはじめとする国際的な文化交流――その多彩な経験は、すべて「社会における音楽の役割」という大きなテーマにつながっているのです。 今回は、宮田さんが追求する「音楽を通じた社会貢献」の形と、行政や企業との協働による新しい試みについて伺いました。クラシック音楽の持つ力を、いかに社会に還元していくのか。その革新的な取り組みと、根底にある想いに迫ります。
——まずは簡単に自己紹介をお願いします。
宮田東京芸術大学を卒業後、フランスのリヨン国立高等音楽院に進学し、2015年にフランス国家音楽家専門資格を取得しました。その後、元ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席ハープ奏者であるグザビエ・ドゥ・メストレ氏に師事する機会を得て、さらに研鑽を積みました。リヨン国立管弦楽団や読売日本交響楽団での演奏活動を経て、現在はソロ活動を中心に、様々な形で音楽活動を展開しています。
宮田音楽を通じた社会貢献や国際交流にも力を入れており、2022年にはトルコでの公演ツアーを行い、大統領コンサートホールでの演奏も実現しました。また、日本国際芸術音楽弦の友親善協会を立ち上げ、音楽と社会をつなぐ活動にも取り組んでいます。
——素晴らしいご経歴ですね。そもそもの宮田さんの音楽との出会いや原点が気になります。
宮田実は私、音楽よりも先に絵画の世界に没頭していたんです。子供の頃から絵画教室に通っていて、世界児童画展にて7回ほど入賞を重ね、日本テレビ文化事業団賞という大きな賞もいただきました。 実は、その頃通っていた絵画教室の先生は、慈善活動にも心血を注がれており、ヒマラヤでの学校建設に携わられていたり、お教室の月謝も800円という破格の料金で、子供たちに情操教育を施してくださっていました。当時はその価格設定に周囲からの批判的な声もあったのですが、私たち生徒が受賞を重ねることで、その批判は自然と収まっていきました。 そんな中、5歳の頃にハープ教室が近所にでき、1年ほど習い事として勧められていましたが、「大変そうだから」と拒否し続けていたんです。ところがある日不意に教室に立ち寄った際、先生が指1本で奏でた音色に魅了されました。「指1本で、こんな音が出るの?」という驚きと感動が、私とハープの出会いでした。 結果的に、絵画では子供らしい発想が評価される児童画展での受賞歴が一区切りついたこともあって、ハープの道を選びました。ただ、絵画は今でも大切な趣味として続けています。むしろ、プロフェッショナルを目指さないことで、より自由に楽しめているかもしれません。音楽の道に進むのが遅かったことも、私にとってはかえってプラスだったと感じています。 この経験は、現在の私の音楽活動の原点にもなっています。芸術は決して特別なものではなく、誰もが親しめる存在であるべきだという考えや、社会との関わりを大切にする姿勢は、きっとあの頃の経験が基になっているのだと思います。
——「社会との関わりを大切にする姿勢」という言葉が出ましたが、宮田さんは普段どのようなことを考えて社会や音楽と関わっているのですか?
宮田音楽家は確かに「非日常」や「夢」を提供する仕事ではありますが、だからといって完全に聴衆の日常から切り離されてしまっては意味がないと考えています。単に楽器が上手いというだけでは、お客様にとって身近な存在にはなれないでしょう。 そこで私は、音楽を通じて様々な形で社会に関わることを心がけています。例えば、企業のCSR活動と連携した演奏会の開催や、行政との共催事業などです。 こうした活動の際に大切にしているのは、関わる全ての人にとって良い結果をもたらすことです。企業にとってはCSRとしての価値を、行政にとっては文化振興や、地域創生としての意義を、そしてお客様には良質な音楽体験を提供する。そういった多面的な価値を生み出すことで、音楽家として社会の歯車の一つになれるのではないかと考えています。 また、私たち音楽家自身も、日々の生活や発言、人格面でも社会的責任を意識する必要があります。かつての音楽家は「浮世離れした存在」と見られがちでしたが、今は違います。他の職業と同じように、社会に根ざした存在として認識されるべきだと思っています。 ただし、これは決して音楽の芸術性を損なうものではありません。むしろ、社会との接点を音楽家自身も意識して持つことで、より多くの方に音楽の素晴らしさを伝えられる機会が増えると信じています。今後も、音楽の本質的な価値を大切にしながら、社会との関わりを深めていきたいですね。
——素敵な考え方ですね。宮田さんはチャリティー活動や国際支援にも熱心に取り組まれていますが、現在はどのような活動をされていますか。
宮田作曲家でユニセフの専属カメラマンでもあるアレクサンドル・ダイ・キャスタン氏と協働し、演奏会の収益を赤十字に寄付したり、特定非営利活動法人かものはしプロジェクトや国連UNHCRへの支援を継続的に行っています。 また、大学留学、及び現地での就労の機会を頂けた事に感謝をしており、高等教育を受けられたことへの感謝と共に、それらの経験を生かし、国際文化交流を継続してゆく事も、1つの大切な活動の軸としております。昨年は土日基金と私の親善協会の共同主催で「トルコ東南部大震災復興支援コンサート」を開催しました。横浜みなとみらいホールや大阪市中央公会堂などで、箏とハープのデュオリサイタルという形で行い、多くの方々にご支援いただき、駐日トルコ大使館東京を介して無事に現地に支援金を届ける事ができました。 さらに、文化交流の新しい形として、アーティストビザの推進にも取り組んでいます。現在、海外アーティストの日本での活動には様々な制約があり、文化交流の障壁となっています。もちろん慎重に進めるべき案件ではありますが、アーティストの自由な往来が実現すれば、より豊かな文化交流が可能になるはずです。 こうした活動を通じて感じるのは、音楽には国境を越えて人々をつなぐ力があるということです。特に昨年は、国を超えて多くの友人、師匠、お客様、音楽家の仲間たちから励ましをいただき、その感謝の気持ちを社会に還元していきたいという思いを強くしました。誰にとってもWin-Winとなるような形で、音楽を通じた社会貢献を続けていきたいと考えています。
——音楽を通じた社会貢献への強い想いが伝わってきました。最後に、今後の活動について教えてください。
宮田4月12日には、恩師である迫本宜子氏をお迎えしての「宮田悠貴ハープ・コンサート — 迫本宜子を迎えて —」を開催します。この公演は、私にとって特別な意味を持つ恩師のホールで行われます。 このホールは「若者たちに羽ばたいてほしい」という願いを込めて作られた場所で、後進の育成にも力を入れておられます。ソロのレパートリーを主軸とし、最初の師である迫本氏と共に、最後の師であり、かつては不可能とされたコンサート・ハーピストの先駆者であるメストレ氏のレパートリー曲を2台ハープにて演奏予定です。 今回のリサイタルを通して、若い音楽家の方々に向けて、「リサイタルを作り上げていく」道筋もお見せできればと思っています。 また、5月25日には村田夏帆さんとショスタコービチ第五番の共演も予定しています。これからも音楽家として技術を磨きながら、同時に社会との接点も大切にしていきたいですね。音楽は決して特別なものではなく、社会の中で自然に溶け込んでいくべきもの。そのためにも、良い音を提供しながら、日常の中で夢を届けられる存在でありたいと思います。
——本日はありがとうございました!
(インタビュー・構成/松永華佳)
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています