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2025/02/25
テンポの良い語り口で音楽の魅力を楽しくわかりやすく教えてくれることでおなじみの作曲家・青島広志さん。青島さんが長きにわたって手掛けられているのがオペラ演出だ。「ブルー・アイランド版」と名付けられた青島さんによる演出のオペラは、オペラ愛好家はもちろん、出演者であるオペラ歌手たちからも愛されてやまない。今年3月28-30日に公演を予定しているR.シュトラウス作曲の《ナクソス島のアリアドネ》の演出プランや、青島さんのオペラに対する考えを伺った。
——青島さんは「ブルー・アイランド版」と銘打ったオペラ公演や、新国立劇場でのオペラ講座など、オペラに積極的に関わられています。ご自身の大学院修了作品で東京藝術大学図書館に購入されたのも、オペラ作品の『黄金の国』でした。青島さんとオペラとの出合いを教えてください。
青島オペラを面白いと思ったのは昭和48年9月の終わりでした。私が当時師事していた林光先生から、助手としてオペラの副指揮者を頼まれたのです。出演者の皆さんは大先生方で、私をとてもかわいがってくださいました。 そのときの作品はクルト・ヴァイル作曲《マハゴニー市の興亡》で、当時はアングラ演劇の演出家と呼ばれていた佐藤信先生による演出でした。「オペラでこんなことをしていいのか」と思うぐらい斬新で、初めて触れる世界観に衝撃を受けました。他にも三谷礼二先生ほか、斬新な演出家のプロダクションと関わらせていただいたことが、オペラに関係する要因として大きかったです。 それと、私はおばあちゃんっ子だったのですが、祖母が逝去し、その不在を感じさせる家で長い時間を過ごすのが耐えられませんでした。だからオペラの稽古で家を留守にすることは願ってもないことだったのかもしれません。
——「ブルー・アイランド版」とはどのような上演スタイルなのでしょうか?
青島「青島」から取って「ブルーアイランド」というわけですが、立ち上げたきっかけは私が41年間教えた東京藝大声楽科卒業生たちの活躍の場をつくるためでした。日本には、実力はあるのに、歌う場所が与えられていない歌手が大勢います。同窓生たちはみんな仲良しですから、人が人を呼んで、今では20代なかばから80代まで100人を超えるメンバーが関係する大所帯になりました。 演出についても一工夫しています。オペラは外国の物語なのでわかりづらい面があります。そこで舞台を日本に移して、馴染みやすい設定に置き換えます。例えば《フィガロの結婚》はもともとはスペインの領主の話ですが、ブルーアイランド版では舞台を老舗の和菓子屋に。フィガロの名前は「フエゴロウ」で外商担当者……といったふうに読み替えを行いました。
——3月の公演はR.シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》ですね。気になる演出はどのようなものになりそうですか?
ナクソス島のアリアドネ ブルーアイランド版
日時:2025年3月28日(金)〜3月30日(日)
場所:南大塚ホール(東京都)
詳細 : こちらをご参照ください
とあるTV局の楽屋、今夜予定されている公開録画の準備に大わらわである。 今回は、新人作曲家にオペラを作曲させ、その作品を初演しようとする始めての試みで、作品は8割方出来ている(録画なので少し失敗しても編集可能)。 そこにスポンサーから「オペラはつまらないから喜劇のコントに変更せよ」との命令が下る。 既に楽屋入りしているオペラ歌手たちは憤慨し、送り込まれて来た喜劇役者たちといがみ合いを始める。作曲家は師の音楽教師と共に取り乱すが、役者たちは振付師を味方につけて即興で成功させると言い張る。 不穏な空気の中で満員の客を集めての初演、果たして上手く行くのだろうかー。 楽屋物と呼ばれる類のオペラは昔から多く見られますが、芸達者な歌手を必要とするので、上演が大変です。 今回はその難役(ツェルビネッタ・アリアドネ・バッカス)には、全世界を股にかけて活躍する名歌手の出演が叶い、大胆な訳詞による始めての上演です。 また、ギリシャ神話が浸透していないかもしれないので、解り易い講座が幕間に挟まれます。この先絶対に見られません!
青島原作は200年以上前の、ウィーンが舞台です。1幕では、その日の晩に上演するオペラが書き上がっていない作曲家が主人公。作曲家のもとにクライアントや出演するオペラ歌手など、さまざまな人がいろいろなことを言いに来たり、内輪で揉め事が起きたりします。これをブルーアイランド版では舞台を音楽テレビ番組のスタジオに読み替えています。
——作曲家が主人公というのは先生との深いつながりを感じます。
青島実はこれには、私が長い間携わってきたテレビの収録現場が投影されているのです。例えば、本番ギリギリだというのに使用する曲は未完成だったり、VTRの編集でなんとか難を乗り切ろうと画策したり……といったような当時のドタバタを思い出しながら、私が日本語にセリフを書き換えました。 私自身、テレビ局で大変な目にあいました。テレビマンたちは「病気になってもいいから徹夜して作曲しろ」なんてことを言うわけです。私にマネジメントがいたら、そんな指示はされないのですが、フリーだったので無理難題を言われてしまったわけです。そういった世界を見ているので、私自身の経験が生きているといっても良いと思います。 作曲家役の声種はメゾソプラノ。つまり、女性が男性役を演じます。彼がツェルビネッタというソプラノの女の子に恋をするというレズビアン的なシーンもあり、非常に面白い役です。
——今回はなぜこの作品を選ばれたのでしょうか?
青島この作品は1幕と2幕とでまったく異なる世界を描いたお話で、2幕は神話の世界が描かれます。2幕のなかの3人のニンフが、ヒロインのアリアドネを慰めるシーンは、まるで3枚のカーテンが風になびいているようで、私が知っているオペラ作品のなかで一番美しいと思っています。こういった美しさをお客さまにまず体験していただきたいという願いがあります。 しかし、たとえ美しいシーンでも、ステージ上の誰かは作品の悪口を独白で歌っている場面もあります。それをどのように見せるのか、そうした“遊び”ができるのも、この作品を演出するうえで非常に面白いところだと思っています。まるで少女漫画みたいです。 実は、私がこんなふうに読み替え演出をしたり、セリフを書き直したりということができるのは、作曲家を目指す前は少女漫画家を目指していたからです。一時期は漫画家のアシスタントもしていたこともありました。 子どものころ、ピアノ教室に行くと先生のお家に置いてあった「少女クラブ」や「マーガレット」を楽しく読んでいました。当時弾いていたピアノ曲も、例えばブルグミュラーの《貴婦人の乗馬》など、少女漫画の世界観とマッチする作品が多かったのです。私は子どものころから美しいものが好きでしたが、世の中はまだ1964年の東京オリンピック前で、道路は泥まみれ。美しいものはケーキ屋さんと少女漫画ぐらいしかありませんでした。ですから必然的にその世界に引き込まれてしまったというわけです。
——どなたの作品がお好きでしたか?
青島水野英子先生のファンでした。先生の『星のたてごと』という作品は、今から思うとワーグナーの《ワルキューレ》なんです。少女漫画というとラブロマンスのようなジャンルだと思われるかもしれませんが、当時は水野先生のような歴史ものや萩尾望都先生や美内すずえ先生のようなミステリー、サスペンス、ホラーといった作品は珍しいものでした。 先日は、そんな水野先生と「少女マンガ界とオペラ界」というテーマで対談もしました。また、先生の70周年記念の展覧会には他の漫画家の先生と一緒に、水野先生に向けたオマージュの作品の展示に参加させていただくなど、交流もさせていただいています。
——壮大な世界を美しく描くという面では少女漫画とオペラは似ていますね。 「ブルーアイランド版」では、他のプロダクションと比べて公演回数が多い6回公演を行っている点も、大きな特長の一つです。
青島同じ演目を3回演じて初めてその人の芸になるものだと思っているので、一人のキャストに3回出演していただいています。さらにダブルキャストで行うので公演は6回になるというわけです。 また、出演者の個性にあった演出をしています。例えば《ヘンゼルとグレーテル》を上演したときには、足が悪くて動けない方が子供の役としていらっしゃいました。どうしても出演を希望されるものだから、踊りのシーンではその方はずっとポテトチップスを食べている役にしました。
——そんな子どもが一人ぐらいいてもおかしくはないですね(笑)。名案です。
青島そういう方々だけでなく、とにかく日本には素晴らしいオペラ歌手がたくさんいるのに、歌う場所が与えられていないんです。「あなたは悲劇の主人公役だ」と人から言われたから、そういう役しか演じないという人もいます。ところがそんな人が喜劇を演じたらかえって面白かったりもするわけです。その逆も然りです。その人のさまざまな面を見出さなければ、適材適所にキャストを配置することはできないのです。私は、その方が輝ける役、魅力的に見える役はどんな役なのか、見極められる自負があります。
——青島先生が感じるオペラの魅力とはなんでしょうか。
青島非日常の世界と出会えることがまず一つ。それからもう一つは、私は外国人が出演するオペラよりも日本人が演じるオペラが好きです。なぜなら、例えばさっきお手洗いで一緒になったおばさまが、舞台の上に立つと美しく、驚くような声で歌っている……そんな世界を知ることができる楽しさがあるからです。つまり、オペラを観たお客さまに、ご自身もそんなふうに輝く場所があるのではないかという希望をもっていただきたいのです。 例えば、お年を召して、もういろいろと諦めてしまってお化粧もなにもしないという女性をたくさん知っています。そういう方だってまだまだすごく美しくなれると思っています。だからおばあさんに見えてしまう人でも、「たまたま今私はおばあさんの役をやっているんだ」と思ってほしくてオペラを観ていただきたいのです。 歌手の方だって、舞台の上でいくら美しくても、楽屋に帰って化粧を落としたらまるで普通の人だったりもするんですよ。だからお客さまには稽古場や楽屋にまで来ていただきたいぐらいです。
——先ほど足の悪い方もステージに上がられるとのことでしたが、そうされるのは変身していただきたいという思いがあるからなのでしょうか?
青島それも絶対にありますが、年を取って皆と同じようにできなくなってしまっても、それでもまだ残っている能力があるのだということを伝えたいのです。例えば昔レコードに収録したほど得意な曲で「この曲だけは歌える」という一曲があるのなら、それを歌っていただく役を作ります。 それから、その方たちに生きる望みを持ってほしいと願っています。それは「まだ観客が拍手してくれるんだ」という自信から生まれるものです。さらに若い歌い手には音楽界の歴史をちゃんと知っていただきたいと思っています。今の若い歌手は不勉強で、自分の先輩のことを何も知らない。私たちが若い頃は勉強しましたが、今の方たちはそんなことしようともしません。 例えば今、ご高齢の方でも、かつては第一線でご活躍なさっていて、舞台の上でその片鱗が見えることもあるのです。自分たちはどのように歳を取っていったらいいのか、見て感じてほしいです。それから、上の世代の方は若い方にいろいろと教えてあげてほしい。そういった歌手への教育的な意味もあり、広い世代の方たちに稽古に参加していただきたいと思っています。
——最後に今後の「ブルーアイランド版」の上演予定を教えてください。
青島3月の《ナクソス島のアリアドネ》のあとは、8月に萩尾望都先生原作の『半神』をオペラ化します。萩尾先生からは「あなたにだったらどんなふうにしてくださっても結構だから」というお言葉をいただき、とてもうれしく思っています。このときは漫画家の諸星大二郎先生原作の『うりこひめの夜』を再演。 以降はまだ正式には決まっていませんが、いずれR.シュトラウスの『アラベラ』を上演したいですね。ヒロインの妹・ズデンカは男性として育てられたけれど、あるとき男性を好きになってしまい戸惑う……という面白いお話。もう少し研究の期間が必要かなと思っています。 新国立劇場のオペラ講座も含め、あまりオペラを知らない人に向けて、オペラに目を向けてもらうための活動を今後も続けていきたいと思っています。とくに、演出は舞台の隅から隅まで見られる楽しい仕事。今後も演出家としてオペラの舞台に携わっていきたいです。
中の人は、アマチュアオーケストラで打楽器をやっています